12の感覚を学ぶ

3 上位感覚 

 聴覚、言語感覚、思考感覚、自我感覚の4つです。この上位感覚は、精神的な、あるいは社会的な感覚といわれています。私たちがこの社会で人と交わるときに使うものです。

9、聴覚
 何かを聞くとき耳が関係します。聞く器官は耳です。
音が出るためには硬さが必要です。大地に属したものが大地からとりだされて、空中に浮いた状態でぶつかり合う時、きれいな音が出ます。音が出るとき空気中に振動が起こります。その振動が耳に伝わり音として認識するのです。

 耳の器官の外耳はメガホンの役割です。耳の奥(内耳)に、三半規管があり蝸牛があります。この部分で音を認識するのですが、ここで物質的な音を精神的な音に変えるのだそうです。
精神的な音とはどういうことなのでしょう。音楽のメロディーについて考えてみます。音楽のメロディーを聞くことができるのは、音と音の間を聞いているからメロディーになるのであって、一つ一つの音だけを取り出していたのでは私たちは音楽を楽しむことはできません。これはドの音だ、これはミの音というふうには考えません。私たちは、聞いた音をいったん消します。聞いた物質的な音(ド、レ、ミ)をいったん消し去って精神的な音(メロディーを聞くということ)に変容するのです。

 音楽は、深いところで私たちに影響を与えるといわれます。音楽は私たちの心を豊かにし心にバランスをもたらします。しかし、また、音楽は一歩間違えると悪い力を人に及ぼす場合もあります。音楽のもつ力を利用して疲弊のきわみにある兵隊をさらに行進させることも出来るのです。

 また、録音された音楽には、演奏する人の精神が含まれません。精神は録音することが出来ないのです。そこには物質的な音を精神的な音に変容させるというプロセスが半分しか機能しません。演奏する人の精神はいつも生きていて動いていているものなので、CDやカセットなどの機械音では精神が入ることは出来ないのです。シュタイナー教育では、マイクを通して生徒に話しをしたり、CDの音楽を聞かせたりしないと聞きます。音楽家のように上手に演奏できなくても、教師自身が、楽器を弾き、歌をうたい、語りかけることが大切とされています。

 本当に聞き入るために欠かすことが出来ない前提条件として「静けさ」があります。今の私たちの生活に静けさが無くなっています。
ズスマン氏は、人間の耳は馬のように自在に動かすことができません。馬が自在に耳を動かすことが出来るのは、耳を澄まして聞くことができないからです。まさに、人間は耳を澄まして聞くために耳を動かす能力を捨てたのです。と述べておられました。今の子どもたちは耳を澄まして聞くということが苦手になっています。見ているわけでもないのにテレビの音がずっと聞こえていたりします。絶えずいろいろな音が聞こえる環境では「耳を澄ます」ことができません。耳を澄まして聞くためには「静けさ」が必要です。日常の生活の中に、静かに鳥の声や風の音に耳を澄ますような余裕を持ちたいものです。そのことを通して、人の話も耳を澄まして聞くことができるようになると思います。

10、言語感覚
 聴覚では、その人が言っていることを理解することは出来ません。言葉の意味は言語感覚を通して理解できます。

音楽を聞くのと言葉を聞くのとでは違いがあるといいます。言葉には音楽的な要素がないのです。

 私たちは文書を作り出すことは出来ますが言葉を作り出すことは出来ません。生きている言葉は作ることが出来ません。日本にも昔から「言霊」という言葉がありますがそんなに簡単に人間が作れるようなものではないのですね。世界の共通語を作ろうとヨーロッパでエスペランド語というものを作ったそうですが、普及しなかったと聞きます。その言葉は生きた言葉ではなく約束事の集大成でしかなかったからだとタインさんは述べておられました。

運動感覚が発達して言語感覚になります。
 小さい子どもは動くことで言葉を覚えます。あまり動かない子どもは、話すことに困難を抱えている場合が多いのです。小さい子どもは動きでうれしいとか悲しいといった感情を表します。それが言葉の母音になります。感情以外のもの、たとえば物を指差すとかという動きは子音になります。

 聴覚には音楽を聞き取る感覚と言葉を聞き取る感覚があるのだそうです。言葉を理解するためには、音楽的な要素をすべて消し去らなければなりません。音楽的な要素を消し去って言葉だけを取り出し、その言葉の意味を理解するのが言語感覚です。そこには「消し去る」という犠牲的な要素があります。他者が言っていることを理解するために犠牲を払うのです。

《言語感覚の妨げになるもの》
 最近では、テレビの影響がとても強いです。テレビの画面で人はひっきりなしに意味のない言葉をしゃべり続けます。メールや携帯電話などが普及し、人と人が対面してしゃべることが少なくなってきています。対面してしゃべらないので動きがありません。

《言語感覚を発達させるには》
 物語や詩を語って聞かせること。わらべ歌を聞かせる。先生や周りの大人の声が生き生きとしたものであること。自分の感情を身振りをつけて表す演劇も大切です。早口言葉も有効です。


11、思考感覚
 思考感覚は、他者の話す言葉の背後にある意味を理解するものです。

 私たちは、自分の考えを言葉を通してしかあらすことは出来ません。しかし言葉を通してあらわしてもまったく正確にあらわすことはできません。
何故完璧に言葉を通して自分の考えをあらわすことが出来ないのでしょうか。タインさんは、言葉は物質的なものだから出来ないのだといいます。思考は精神(内的なもの)に属しています。思考や理念というのは言葉ではない内的なものです。

相手が話していることを理解するプロセスは
 まず、空気中の振動から伝わってきた音を聞きます。聞いたものの中から音楽的なものを消し去り、言語的なものだけを取り出します。このとき言語感覚が働きます。次に言葉の背後の考えを理解するには言葉を消し去らなければなりません。言葉をいったん消し去って、相手の言おうとしていることを理解するのです。

思考感覚は、生命感覚を通して発達します。
 生命感覚は自分の体調がいいか悪いかを判断する感覚です。他者の考えを理解するためには、自分自身の考えをいったん消さなければなりません。
自分自身を生命感覚を通してしっかり持つこと。その後で自分自身を犠牲にして、他者の考えを理解するのです。自分自身がしっかりないと自分を消し去ることはできません。自分自身を感じる感覚を犠牲にして他者の考えを理解するのです。

《思考感覚の妨げになるもの》
 ・あまりにも早い時期に読み書きを覚えること。
 ・大人たちが、意味のない話をずっとし続けること。
 ・家でも学校でも、あらゆることに指示されること。

《思考感覚が育たなかったとき》
 ・他者の考えに依存し、自分の考えが持てない。
 ・固定観念を持ちやすい。
 ・物事に執着する。
 ・嘘をつく。

《思考感覚を育てるには》
 思考感覚は生命感覚と結びついているので、生命感覚を養うことによって育てることができます。
 ・自然のなかであそぶ。
 ・リズムのある生活をする。
 ・昔話を語り聞かせる。
 ・なぞなぞあそびをする。

 他者を理解するこの思考感覚は、社会的な生活を営む上で重要な感覚です。


12、自我感覚
  自我感覚は自分の自我を感じる感覚ではなく、他者の自我を感じる感覚です。

 聴覚で音を聞きます。言語感覚で音楽的な要素を消し去り言葉を理解します。
思考感覚で、言葉の背後にある意味を理解します。しかし、思考感覚では、その人の本質はわかりません。自我感覚を通してその人の本質が分かるのです。

 自我感覚は触覚を通して発達します。
触覚を通して他者と自分との境界を感じます。外との境界は皮膚です。内側で安心していられるのは境界が硬いからです。内側で安心しているときは外と接触を持ちません。他者を理解したいときはその境界を出ないといけません。自分を犠牲にするのです。そのためには触覚が育っていなければなりません。触覚を通して安心感を身につけ、そして自分を差し出すのです。自分を消し去って相手の中に入りこみ一体となることで相手の本質を理解するのです。

 タインさんは、この自我感覚は私たちにとって、もっとも未発達なものですと述べておられました。精神的成長は困難なものです。私たちは修練していく必要があるのですと。

 この上位感覚を学び、上位感覚を育てるためには下位感覚が土台となっていることを知りました。他者のことを理解するためには下位感覚がしっかり育っていないと上位感覚を育てることがとても困難なのです。

 神戸で小学生を殺した少年のことを思い出します。彼は留置場で、「自分は透明人間だ。私は存在していないと感じる。」と言ったそうです。「自分はここにいる。」ということが分かるのは触覚の力です。彼は触覚が未発達だったのですね。そのため、自分のことも他人のことも理解することが出来ませんでした。いつも不安で、恐怖におののき、孤独で、幸せと感じることがなかったのです。

 下位感覚が成熟していく時期は0歳~7歳です。この時期の子どもの感覚の育ちがどんなに大切なものか実感しました。今、人との関係を作るのが苦手な人や他人を理解することが困難な人が増えているのも、この下位感覚が十分育ちきれていないことが原因なのかも知れません。今のようにテクノロジーが発達した社会では意識して育てようとしないかぎり、すべての感覚は正常に発達しないことを痛感しました。家庭や保育の場で感覚を育てることに意識を向けて、育児や保育に取り組まなければならないと強く思いました。

 タインさんの講座のあと、引き続いてリサ・ロメロ氏の講義があり12感覚をもう一度聞くことができました。その中でも12感覚はそれぞれ育つ時期があるということです。タインさんから下位感覚(意思の感覚)は0歳~7歳、中位感覚(感情の感覚)は7歳~14歳、上位感覚(思考の感覚)は14歳~21歳に育つことは伝えられていました。今回、リサさんからは、もっと詳しく一つ一つの感覚が成熟する時期を教わりました。それは次のようなものです。
 ・触覚 … 0歳~2,3歳
 ・生命感覚…2,3歳~4歳
 ・運動感覚…4歳~5,6歳
 ・平衡感覚…5,6歳~7歳
 ・嗅覚  …7歳~8歳
 ・味覚 … 8歳~9歳
 ・視覚 … 9歳~14歳
 ・熱感覚… 14歳~16歳
 ・聴覚、言語感覚、思考感覚、自我感覚…16歳~

 触覚は、生まれてから2,3年で成熟します。
 自分自身で境界線を確かめられるようになるまで周りの大人が触ってあげる必要があるといいます。確かに触覚が成熟する頃、手足が長くなり全身を触ることが出来るようになります。また、お母さんから少し離れて外へ出て行くこともできます。また、自我が生まれてきて反抗するようにもなります。触覚が育つと自分を認識することができ自我が育つのですね。

生命感覚は、4歳ごろ成熟します。
 それまでは、子どもは体のどこの部分が痛いのか分からないのです。お腹が痛いという場合でも体全体が痛く感じるそうです。4歳ぐらいまでは、大人がどこが具合が悪いのか見極めてあげることが大切です。

運動感覚は、5,6歳ごろ成熟します。
 この頃、体の動きをコントロールできるようになります。5歳ごろになるまでは、走り出したら止まらないということがよくあります。まだ自分の動きをコントロールできないということを分かってあげる必要があります。

平衡感覚は、7歳ごろ成熟します。
 子どもが補助なし自転車に乗れるようになるとバランス感覚が統合されたといわれます。まだ準備ができていないのに、早くから様々な運動をさせるようなことは避けるようにしなければなりません。

 味覚は、 9歳ごろ成熟します。
 9歳ごろまでは好きな味が狭く、9歳を過ぎると楽しめる味覚が広がります。小さい子どもがあまり食べないと心配する必要はありません。無理に「食べなさい」と押し付けないで、まだ発達している時期だからと思って下さいとのことでした。

 嗅覚は、 8歳ごろ成熟します。
 悪い匂い、いい匂いを正確に感じるようになります。8歳以前は、まだその匂いがどんな匂いなのか見分けることができません。8歳ぐらいまでは、できるだけ自然な匂いを嗅げるように、あまり刺激の強い人工的な香りを嗅がないように気をつけます。

 味覚は、 9歳ごろに成熟します。
 9歳までは大人が必要な食べ物を与える必要があります。

 視覚は、 12歳ごろ成熟します。
 視覚の発達に一番悪いのはテレビです。眼科手術の後、眼球を動かさないようにするには、眼帯をするよりもテレビを見ることの方が効果があるといわれているそうです。まだ、視覚の発達の途中にある子どもにテレビを見せることは、眼球を動かさないようにしていることなのですと。

 熱感覚は、 14歳ごろ成熟します。
 それまでは自分にどれだけの暖かさが必要なのか分からないそうです。今では早い時期から何を着るのか子どもが決めています。4,5歳ぐらいまでは大人が気をつけてあげないと熱感覚を発達させることが難しくなるそうです。
 私が保育園に勤めている頃、子どもに薄着をさせることで丈夫な子どもに育つといわれていました。冬でも半袖、裸足という子どもが元気の印と薄着を奨励していました。また、寒くなったら自分で着ることを覚えなければと子どもに任せていたこともあります。リサさんは、子どもが薄着でも平気なのは熱感覚で感じているのではなく生命感覚で感じているからだといわれます。寒くないというのは慣れているからで、自分が馴染んでいることに心地よく感じているのだそうです。大人になって女性が生殖器の病気になるのは冷えが原因でなることが多いとのことです。特に冬の服装に関しては大人が気をつけてあげなければいけません。

聴覚は、16歳ごろ成熟します。
 16歳ごろになると、自分の好みの音楽にこだわり始めます。10歳ごろに特定の音楽にこだわるのは、自分の個性からではなく皆に人気があるからという理由が多いとのことです。

言語感覚、思考感覚、自我感覚は、16歳以降発達します。
 とても複雑なことが理解できるようになり、論理的になります。16歳以前は、知的な概念で物事を説明しても、自分の中に取り入れることはできません。青年期になって事実に基づいた真実を教えるべきです。それまでは世界は美しいところということを知らせることが大切だといわれます。

 上位感覚を発達させなければ中位感覚を使うようになるそうです。上位感覚は他者を知る感覚です。「あの人は見るだけでいやだ。」とか「あの人が横にいるだけで寒気がする。」など感情的に他者を見るようになります。思考を使う代わりに感情によって他者を判断するようになるのです。

 最後にリサさんは、この12感覚すべてが「私は私である。」ということを知らせてくれる感覚なのだといいます。成長するにしたがって、私たちは感覚を通して自我を獲得していくのですと。


12感覚を学んで
 文明社会に生活していること、そのものが健全な感覚の成長を妨げていることを痛感しました。だからといって、もう私たちは昔の生活に戻ることはできません。この社会の中で生活しながらどのようにすれば子どもの感覚を助けることができるか考える必要があります。今の子どもたちには感覚を育てる手助けが必要です。感覚に害を及ぼすものを出来るだけ遠ざけるような環境を作ること、感覚を育てるような取り組みを意識して行うことが求められます。

 特に、0歳~7歳で成熟される下位感覚の成長はとても大切です。このことをしっかり自覚して子どもたちに働きかける必要があります。
また、それぞれの感覚には成熟される時期があること、一つ一つの感覚が成熟されるまで大人が手助けしなければならないことを忘れてはなりません。

 感覚が偏ってしまったり、未発達になってしまった場合でも「もうだめだ。」というのではなく、気づいた時点から感覚のバランスを取り戻すような働きかけが出来ることも教わりました。この講座で、家庭や保育の場、学校などで出来る様々な取り組みを学ぶことができました。
また、感覚に働きかける外的な手当も少し学ぶことができました。この方法はまた次の機会に伝えることが出来ればと思っています。なぜなら、この12感覚だけではなく、その子のもつ体質や気質も理解し全体から働きかける必要があるからです。これらのことは、わずかな学びでは到底理解できません。今後の課題としたいと思います。
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by higuchi1108 | 2006-11-04 12:55 | 12感覚
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