四季のお祭りと誕生日会

四季のお祭りと誕生日会
 どの保育園や幼稚園でも1年を通じで様々な行事が行われています。春や秋のさわやかな季節には遠足に出かけたり、日本の伝統的なお祭りである七夕や節分、おひな祭りなど四季折々にあった行事を行っています。

 それと同時に、運動会や発表会、作品展といった行事もあります。私は保育所に勤めていた時これらの行事に悩まされていました。特に運動会や発表会、作品展という行事は保護者の方に子どもたちの成長を見てもらうという目的が強くありました。親御さんにとって楽しみにしている行事でもあります。それだけに保育者にとってはプレッシャーになるのです。できるだけ見栄えのするものをしなければというプレッシャーから、子どもたちを練習に毎日駆り立ててしまうことにもなっていました。日常の生活を大事にしようと思っていても行事があると準備や練習に追われてしまって、日々の生活が行事のためのものになってしまうという状況がありました。子どもたちにとっても、いやいや練習させられたり、うまく出来ないと叱られたり、楽しいはずである行事が苦痛にさえなっていました。

 最近ではこのような疑問から従来の行事を見直し親子で楽しめる行事にしようと取り組んでいるところも出てきています。しかし、それとは逆にますますエスカレートして、幼児とは思えないほどの器楽合唱を披露したり、鼓笛隊を結成したり、様々に凝った作品を展示したりする園もあります。
 そもそも幼児期の子どもたちにとって「見せるための行事」が必要なのでしょうか。この年齢の子どもたちにとっての行事のあり方、考え方はどのようなものなのでしょうか。

 私たちの体や心にとってリズムがとても大切なものであることを学んできました。特に身体を形成する大切な時期にある乳幼児にとっては、リズムは欠かすことの出来ないものであることを学びました。タインさんは、一日のリズム、一週間のリズムと同じように一年のリズムもとても大切なものだといわれます。一年を通じて行われるお祭りや行事を毎年、同じ時期に繰り返すことによって、子どもたちは一年のリズムを体験します。同じお祭りを体験した子どもは、前年のお祭りの思い出がよみがえり来年もこのお祭りがめぐってくるのだろうと考えます。自然な繰り返しの中で思い出を重ねることは子どもの心を強め、安心感を与え、記憶力を高めるといわれます。

 私は昨年7月のはじめシュタイナー幼稚園に実習に行ったときのことです。聖ヨハネ祭の時でした。日本では「七夕」のお祭りがある時期です。毎年その幼稚園では「おとぎり草」の人形劇をされていました。年長の子どもたちは人形劇のセットを見ただけで「おとぎり草」の人形劇だとすぐに分かり
     おとぎり草を探しなさい
     お前がみつける 
     真夏の夜のおとぎり草は
     すべての傷を癒します      
と劇の途中に出てくるせりふを唱えて、人形劇が上演されるのを心待ちにしていました。
 一年前のことをこんなにもよく覚えているものだと感心させられました。年長の子どもたちは3歳のときから毎年体験してきているので記憶がすぐによみがえってくるのでしょう。

 私が小さかったときも、夏祭りのときはお小遣いをもらって近くの神社へ行ったこと、お盆にはあちらこちらの盆踊りに出かけて、そのたびにお菓子をもらったこと、年の暮れには近所の人たちとお餅つきをしたこと、節分のときはいつもいわしを食べたことなど…。楽しい思い出としてよみがえってきます。

 今の子どもたちはどうでしょう。特に都会に住む子どもたちはそういった体験が本当になくなってきているように思います。都会の人間関係が希薄になり、忙しさもあってお祭りを世話してくださる大人がいなくなったこと、子どもたちが少なくなったこと、家庭においても行事を大切にしなくなってきたことなどが原因でしょうか。そのように考えると幼稚園や保育園での行事の取り組みは大切なものになってきますね。

お祭りはいったいどのように始まったのでしょう。 
 タインさんは、人間と同じように地球も呼吸をしているといわれます。太陽の力が強くなっていく夏至の頃は地球の中のすべての息を吐ききった時なのだそうです。その時期、私たちの心も宇宙へと出て行ったような気持ちになります。それから少しずつ息を吸い込み始め、12月の冬至の頃は息を満タンに吸い込んでいる状態です。私たちの心も自分の内面に深く入っていると感じます。そしてまた徐々に息を吐き出し始めるのです。

 地球の呼吸が季節を現し、四季折々のお祭りになっているのです。西洋では12月にはクリスマスがあり、夏至の頃には聖ヨハネ祭があります。その中間に春分があり秋分があります。春分には復活祭があり秋分の頃にはミカエル祭があります。このように世界中で季節が移り変わる時期に様々なお祭りがあります。
 
 子どもたちには、このようなお祭りを通して地球の呼吸を感じ、季節の移り変わりを感じ、楽しい思い出を重ねられるような取り組みが必要なのですね。親御さんに見せるための行事は不要ですね。子どもの成長を見てもらうのではなく、逆に成長の妨げになっているような行事なのですから

お祭りを企画するには
・お祭りの意味を学びます。
 はじめに伝統的なお祭りが何故出来たのかを調べ、自分たちや子どもたちにとってどんな意味があるのかを考えます。お祭りの意味を親御さんにも知らせ理解を深めてもらいます。このことは子どもたちには話しませんが大人が知っていると自然に雰囲気の中に現れ、お祭りがより豊かになります。タインさんは意味を考えることによってお祭りに対して畏敬の念をいだくようになるといわれます。

・行事にふさわしいお話を考えます。
 本やインターネットでお祭りにちなんだ伝説を見つけます。お祭りの意味が分かっていたら伝統的な物語であっても自分で考えていいとのことです。

・お話が決まったら、お話を語るのか、人形劇にするのか、ライゲンで表現するのかを考えます。

・クラフトをします。
 たとえば、クリスマスなら羊毛で天使を作ったり、夏の行事ならちょうちんを作ったり、七夕飾りを作ったりします。

・食事会をしてもいいです。
 お祭りにちなんだ食事を作ります。

 シュタイナー幼稚園では、息を吐ききる夏至の頃と息をいっぱい吸い込む冬至の頃に、聖ヨハネ祭とクリスマスを大きな行事として取り組んでいます。そのお祭りには保護者の方も一緒に参加してもらい楽しい行事になっています。
 その他は小さな行事として、収穫をお祝いしたり、遠足に出かけたり、季節のお花を飾ったり、行事にふさわしいおやつを作ったりなど負担にならないように取り組んでいます。タインさんはたくさん行事があると一つ一つが弱められると述べておられました。

 また、精神、魂、体の3つの部分に働きかける行事をすることが大切だといわれます。たとえば、人形劇を見ることは精神的なものです。皆で一緒に食事をするのは社会的な行為で心の領域です。お祭りのための物品を作るのは身体の部分に当たります。これらの3つが行事の中でバランスよく取り入れられることが大切なのです。

 このようにしてお祭りが終わったら、次の日はいつもの生活に戻ります。子どもたちの心の中でお祭りのイメージが残り楽しい思い出になります。


誕生日会
 シュタイナー幼稚園では、季節の行事と同じように一年に一度必ずやってくるお祝いがあります。それは一人ひとりの子どものお誕生日会です。その子が生まれた日が休園日だったりすると仕方なく誕生日の前後にお祝いをしますが、原則はその子が生まれた日に誕生日会をします。私が以前勤めていた保育園では長い間、○月生まれのお誕生日会というように、その月に生まれた子どもをまとめてお祝いをしていました。今でも、たいていの保育園や幼稚園はまとめて月々にしているところが多いと思います。

 シュタイナー幼稚園で誕生日を四季のお祭りと同じように大切にしているのは、一人ひとりの子どもはかけがえのない存在であり心から畏敬の念をもって保育をしている現われだと思います。
 シュタイナーはどんな子どももこの世に生まれる時には、それぞれに果たすべき使命を持って生まれてくるといいます。その使命を果たすべく親を選んでやってくるのだと。

 私は親から虐待を受けて殺されてしまった子どものニュースなどを聞くと、「かわいそうに。子どもは親を選べないものね。」とよく思ったものです。でも、シュタイナーの考えでは、その子はそんな親を選んでやってきたのです。

 科学が発達した今では子どもを産むこともコントロールできる時代になりました。昔のように「授かりもの」という意識はだんだんとなくなってきて、子どもは「自分のもの」と思ってしまいがちです。自分のものなら、自分の思い通りに育てようとします。自分の思い通りにいかないとイライラし腹が立ってきます。このような考え方が子育てをより困難なものにしているように思います。自分の子どもであろうと人は皆それぞれ個性を持ち、違った精神を持っているのです。その個性を大切に育ててあげることが子育てです。

 子育て中に「私は、なんてだめな母親なのだろう。」と悩んだり落ち込んだりしたとき、「こんな私でも親として選んでくれたのだ。」と思うことができればどんなに勇気づけられることでしょう。

シ ュタイナー幼稚園のお誕生日会は保護者の方も園に来ていただき一緒にお祝いをします。誕生日会では、星の世界から天使に導かれてお父さんお母さんのところへ生まれてくるときのお話が語られます。「この子は私たちのところへ来てくれたのだ。」ということを確認することが出来るのです。

 子育てがとても難しい子どもがいます。心身に障がいをもって生まれてくる子どももいます。シュタイナーは、彼らはその困難な人生を歩むべく自分で選んで生まれてくるのだといいます。精神の進化を果たすために。そして、その手助けをしてくれるお父さんお母さんを選んで生まれてくるのだと。
 このような考え方があって、一人ひとりが本当にかけがえのない存在であること、一人ひとりに畏敬の念を心から持つことができるのです。


 “一人ひとりの子どもに畏敬の念を持つこと”これはシュタイナー教育をするものの基本的な姿勢です。
シュタイナーが教師に向けて書いたモットーです。

  畏敬の念をもって子どもを受け止め、
  愛情を持って教育し、
  自由の中へ解き放つこと。

           ルドルフ・シュタイナー
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by higuchi1108 | 2008-04-18 11:48 | 幼児教育講座
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