シュタイナー小学校の算数

                       算数―数の不思議

 ベンさんの算数の授業がありました。私は算数が苦手でした。小学校での算数というとひたすらドリルの計算をさせられていたように思います。それ以外のことは何も覚えていないのです。こんなつまらないことをして何の役に立つのだろうと思っていました。ところがベンさんの授業ではいやな計算も知らず知らずに一生懸命している自分がありました。「数」って本当に不思議と思わせる授業でした。知りたい、分かりたいと思わせる授業が子どもの勉強への意欲をもたらすことを実感しました。私も小学校でベンさんの授業を受けていたら算数が好きになっていたかもしれません。そんなベンさんの授業をお知らせしたいと思います。

 数字というのは普遍的な言葉です。数字のシンボルは世界で共通です。音楽も全世界共通ですが文化的なものが含まれています。けれども数学は国が色々ちがっても数学を理解するのは同じです。ベンさんは、数学は言葉や文化にこだわりなくそこには意識が関わっているだけだといいます。そういう意味において算数は特別な教科ですと述べておられました。

 まず始めに数学とは何か?という問いがありました。人間が作ったものなのか、あるいは宇宙から与えられたものなのかという問いです。皆さんはどう思われますか。

 1、2、3…という文字は人間が作ったものです。10進法を使うのも人間が作ったものです。10進法というのは、指が10本あることから考えだされたものです。ですから1年生の算数では数を数えるとき指を使うことがとても大切です。でも、数字が10まででなくても、5まででも、7まででも、13まででもいいはずです。コンピューターは0と1しかありません。

 「12」という数字は、とても不思議な数字です。一度も国と国とが接触していないのに世界のあらゆるところで宇宙を「12」という数字で認識していました。「12」は時計にも使われています。月も12ヶ月です。10の方が数えやすいのにも関わらずです。そもそも10進法というのはとても新しく、せいぜい100年ほど前から使われているものなのだそうです。
それまでは世界のあらゆるところで10進法ではなく、様々な計る方法がありました。何故、昔の人たちはこのような計り方をしていたのでしょう。その時代の人たちの意識は今と違っていたのでしょうか。現在の算数は、現在の意識と結びついているのでしょうか。
 
 一般的な学校では何が出来て、何ができていないかしか考えようとしていないように思います。この子は割り算が出来ない、掛け算が出来るようになったなどです。べンさんは、算数というのは一方でとても現実的なものであり人間が作り出したものですが、同時にもう一方で精神的なものです。算数を教えることを通して世界を認識していくのだという視点を持つことが大切ですといわれます。

 算数を教えるときに大切なこととして3つのやり方があります。

第1は実際的なものを使って算数をすること
 たとえば、お店に何かを買いに行くなど、実際の生活に結びついていることでアプローチすることです。

第2はリズムを通して働きかけます。
 ベンさんはすべての数字は様々なパターンが織り成しあっているといいます。たとえば、
 2、 4、 6、 8、 10、 12  14、  16  18
   3   6    9    12     15    18

 3の段の数字は一つ置きの数字が2の段と重なりあっています。
体を使ってそのリズムを体験するのです。

第3は純粋な数学といわれるものです。
 数字そのものがもっている不思議にひきつけられるようなアプローチです。
病院の待合室で、9歳ごろの子どもが、「“5”て何?」とお母さんに質問していたそうです。「5冊の本、5枚のコイン」とお母さんはこたえていました。けれども「ちがう、“5”て何?」と子どもが何度も聞きます。この質問には大学生でも答えられません。この子は精神的な問いをしているのですから。ベンさんは純粋な「5」は地上的なものではないといいます。

 教育をするとき、子どもの意志、感情、思考のすべてに働きかけることが大切です。ベンさんは数学は美しくなければならないといいます。そこには様々なリズムがあります。それは感情に働きかけます。
 数学の問題が解けたときには大きな満足が得られます。驚きと真実を求めようとするとき思考が働きます。「私はわかった。理解した。」という満足が得られるものでなければなりません。
また、子どもは数学は善なるものだということを理解します。そして、算数は意志のための栄養になるのです。

・体が覚えるということ
 数学を教える大きな原則はまず体に教えるということです。頭がそれを理解するのは後のことです。意識的に学ぶのではなくまず意志と感情に働きかけます。

 輪になってお手玉を投げ合います。向かい側の人に投げるときは距離が長いです。隣の人に投げるときは距離が短くなります。長いー短い。長いー短い。長―短 長―短のリズムは2の段のリズムです。

 これは足でも体験できます。左足は音を立てずに歩きます。右足は音をたてて歩きます。2の段です。左、右と音をたてずに歩き、左で音をたてて歩くと3の段になります。これは音楽の2拍子や3拍子ともつながっています。繰り返し、繰り返しするうちに体が覚え、ようやく頭で理解することが出来ます。

・最初は全体から始めるということ
  7+4=□、12-9=□、3×8=□、27÷3=□
 これらの計算の正しい答えは一つしかありません。答えは正しいのか間違っているのかの2つです。小さい頃からこのような質問を繰り返していると、ある人生の中で出す答えは一つだということを学び取ってしまいます。自分の考えた答えが正しいとすると他の人の答えは間違っていることになってしまいます。

 17=12+5
   =10+7
   =1+1+15
        …
 このように全体からはじめると、あらゆる子どもが答えを出してきます。全部正しい答えです。人生において、この人の考えもこの人の考えも正しいということを学びます。そのことを心に働きかけます。ベンさんは、算数は倫理的であり社会的なのですといわれます。

(1年生の算数)
 1年生で足し算、引き算、割り算、掛け算の4つの計算を習います。1年生で全部の計算をするのはちょっと驚きでした。ベンさんは、違った性質を子どもたちに体験させるためだといいます。

 これらを教えるときには簡単なストーリーを用います。
たとえば
 ちいさなアニーが町に行ってナッツを15個買いました。帰ってきたら9個しかありません。
手元に9つしかないのが問題の始まりです。最初はいくつあったのかな。いくつなくなったのかな。と考えます。

一般的によく出る問題は、
 ちいさなアニーちゃんは15個りんごを買って5つ失くしました。いったいいくつ残っているでしょう。
 この物語は現実的ではありません。実際は途中でいくつなくなったのかわからないからです。問題の中に、途中で友だちのメリーちゃんに2つあげてジャックに3つあげました。いくつ残っているでしょう。という問題なら現実にかなったものです。
 また、この人は42歳でした。もう一人は72歳でした。この2人の年齢を合わせるといくつになるでしょう。これは意味のない物語です。

 問題を出す場合には現実の生活にあったものであることが必要です。

私がとても感心させられた問題があります。それは次のような問題です。
 ジャックは今7歳です。 妹のアニーは1歳です。
 ジャックが8歳になると 妹のアニーは2歳です。
 ジャックが9歳になると 妹のアニーは3歳です。
 ジャックが10歳になると妹のアニーは4歳です。
 ジャックが11歳になると妹のアニーは 5歳です。
                   …
 ジャックはアニーよりも何歳年上ですか?これは足し算でも引き算でも答えを見出せます。
7-1=6、1=7-6、6=7-1、7=1+6、1+6=7
これらすべての計算をこの問題は表現しています。次の年にジャックが9歳、10歳になっても答えは同じです。
けれども、掛け算になると状況は変わってきます。
最初のときは、ジャックはアニーよりも7倍の年でした。 
              7=7×1  7倍
次の年は        8=4×2  4倍
その次の年は     9=3×3  3倍
  ・
  ・
ジャックが12歳のときは 12=2×6 2倍です。

 アニーはジャックに追いつこうとしているのでしょうか。いつか1倍になるときがくるのでしょうか。ジャックが24歳になったらアニーは18歳です。1年生の子どもには難しいですが数字が近づいていっていることがわかります。
「皆の年は7歳だよね。1歳のときとは本当に違うよね。12歳のときと6歳でも違うよね。みんなは48歳の人を知っているかい。そのときアニーは42歳だね。48歳と42歳の人の違いを言えますか。」
このように子どもたちに問いかけます。
現実の世界は掛け算と同じ事を実証してくれます。

数字の性質を知る
 たとえば4という数字だと、動物の足は4本、車のタイヤも4個です。5だと足や手の指の数、7だと一週間や虹の7色…このような話をして数字の性質を知っていきます。私が感心したのは3という数字の性質を学ぶために綱引きをさせるという話です。一本の綱をそれぞれ3人ずつ持って引っ張ります。この方法だと必ずどちらかが勝ちます。次に綱の真ん中にもう1本綱を結び3方向から引っ張ります。するとどのチームも勝たないことになります。どちらかが勝とうとすると2つのほうが負けまいとするからです。3というのは調和を表す数字なのです。
物事にはすべて両極があります。どちらかに偏ってしまうと否定的な面が出てきます。
 過保護―放任、けちー浪費、無鉄砲―臆病などすべてにおいて調和が求められます。

(2年生の算数)
 2年生になると大きな数字を習います。
   12、345、679

この数字の1はただの1ではなく10、000,000
       2は            2、000、000
       3は              300、000
       4は              400、000
       5は                5、000
       6は                  600
       7は                   70
       9は                    9です

次に面白い問題が出ます。
      12345679
            ×9
      111111111
 子どもたちに計算をさせます。答えは1が並びます。
次の日1~9までの数字のうち好きな数字を言ってごらんといいます。たとえば子どもが「8」といいます。

      12345679
          ×72
     888888888
   こたえは8の数字が並びます。

次の日は「6」といいます。      次の日は「3」といいます。

     12345679       12345679
         ×54            ×27
    666666666      333333333

 「2」が並ぶためには何をかければいいのか、「4」が並ぶためには?
と子どもたちに考えさせます。法則が見えてきますね。こんなに難しい計算も知りたいという気持ちから一生懸命する子どもの姿が見えるようです。
 ある子は、12345679と並んだ数字に「8」が何故ないのかという疑問を持ちます。そんな場合はすぐに答えは教えません。本当に知りたい子が数人出てくるとヒントを与えます。
 それを見つけるためにはプロセスを逆にやってみるのです。掛け算をするかわりに割り算をするのですね。あなたはわかりましたか?

 次の問題も面白いですよ。
a0071985_1714428.jpg
  
 この数字を4つ足して34になるパターンを探します。あなたはいくつ見つけられましたか?

 この問題をしているとき、子どもたちはどういう算数をしているのでしょう。教育的にはどのように役に立っているのでしょう。
足し算、引き算をしています。パターンをさがしています。分析をしています。思考を活発にしています。数学的に思考することは精神的な活動でありとても健全なものだとベンさんは言います。
 もう一つの要素は楽しいということです。楽しみは感情です。クラスの中のすべての子どもが活動することが出来ます。算数の得意な子は先まで見つけることが出来るし、苦手な子どもも何らかの活動が出来ます。
 算数を教えるときに気をつけなければならないことは、ある子どもは60見つけることができ、ある子は10しか見つけられないということがあります。少ししか見つけられない子が、「自分は劣っている。」ということを感じさせないようにすることが大切です。比較することは毒になります。成し遂げられたことを認めてあげてもう少し以上に進むことが出来るように促すのです。

2年生の終わりには、答えが100になる問題を3つ出します。
たとえば
 33+15+9+23+11+9=100
 68+10+14+7+1=100
 7+19+41+18+6+9=100       7
 
 次の日は111になる問題を出します。次は、答えが121します。次は、131、次は151にします。

 これは、ゲームをしている感覚です。思考のゲームです。最初は足し算から始めます。答えがすべて美しい答えであること。答えにパターンがあることが原則です。たとえば
  2222、2525、3773などです。

 さらに進めて今度はグループに分けて答えがきれいな数字になる問題を考えさせます。
それが正しいかどうかは前もって子どもが計算をしていなければなりません。
 さらに、計算を足し算だけではなく、引き算も割り算も掛け算も入れます。
先生にも問題を出します。すごく難しい問題を考えてくるそうです。

3481+1742-36×40÷20=5151  など

 このような取り組みをした結果、計算をたくさんすることになります。
同じ計算をするのもドリルの問題をたくさんさせられるのと随分違います。
楽しくゲーム感覚でするのですから。

(3年生の算数)
 3年生になると子どもたちの意識が変わってきます。より現実的な世界に生きるようになります。3年生では博物学を学んだり農作業をするなど実際的な仕事をします。同じ意味で算数でも実際に計るということをします。重さ、面積、量、体積、距離、時間などあらゆることを計ります。3年生では複雑な計算はしません。体験として取り組むのです。

 現在ではほとんどはかるとき10進法を使っています。時間だけは10進法を使っていません。昔は様々なはかり方がありました。日本でも重さを量るとき匁とか貫が使われていました。長さは寸、丈です。面積を測るのは帖、坪です。畳1帖の広さはかっての日本人の成人男子が横臥して寝られる広さを基準に決められていたのだそうです。1坪はこれも、成人男性が生きていくのに必要な一日分の稲が取れる耕地の広さが目安になっているといわれます。
1インチは親指の先から一つ目の関節までの長さで決められていました。1フィートは足の歩幅です。ピラミッドを作るときの長さの単位は宇宙の星をもとにしているといわれています。

 色々なものを子どもたちに計らせます。教室の大きさをフィートではからせたり、坪の大きさを作って教室の面積を測ったりします。ピラミッドの底の大きさを校庭においてどれくらい大きいかを体験させた先生がいたそうです。
 
 ベンさんは決してメートル法から始めないで欲しいといいます。メートル法は最後にたどりつくものだと。メートル法は完全な人工的な長さだそうです。ナポレオンの時代に軍人が金属で出来た棒をもっていて、その棒の長さが1メートルになったのです。人間の体や宇宙のものに属してはいないのです。
 
 時間に関しても自分の経験を通して感じることが出来るようにさせます。
どれくらい教室のいすに座り続けることが出来るか実験します。5分も座っていられないことを体験します。また、砂時計や水時計を使ったり、日時計を作ったりします。

(4年生の算数)
 4年生では分数をならいます。全体からより強く自分が分かれた存在と感じるようになるからです。

分数のアプローチ
・分数の導入には、ピザや大きな板チョコ、ケーキを持ってきます。全体から部分に分けることを学びます。

 次に部分から全体へ
 教室の中に何人いますか?25人います。皆さんは25人中の1人です。
学校全体では何人の子どもがいますか。210人います。皆さんは210人の中の一人です。こういう風に聞くと皆さんは小さくなったように感じますか?
学校全体で記念写真を撮ると、一人ひとりがとても小さくなりますね。
この市には45322人の人がいます。この市の皆で写真をとることを想像してみてください。この部屋に皆入りますか?この庭に皆入りますか?たぶん無理だろうね。これらの人と写真を撮ることが出来るとしたら、どれくらい一人ひとりが小さくなるか想像できるかい。
 さらに進めて日本全体、世界全体と話を続けることができます。

  さらに5年生では、少数を習います。6年生ではビジネスに関わる算数を習います。利子、パーセントなどです。そして代数へと進んでいくのです。
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by higuchi1108 | 2008-04-23 14:02 | 算数・数のふしぎ
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