カテゴリ:幼児教育講座( 5 )

四季のお祭りと誕生日会

四季のお祭りと誕生日会
 どの保育園や幼稚園でも1年を通じで様々な行事が行われています。春や秋のさわやかな季節には遠足に出かけたり、日本の伝統的なお祭りである七夕や節分、おひな祭りなど四季折々にあった行事を行っています。

 それと同時に、運動会や発表会、作品展といった行事もあります。私は保育所に勤めていた時これらの行事に悩まされていました。特に運動会や発表会、作品展という行事は保護者の方に子どもたちの成長を見てもらうという目的が強くありました。親御さんにとって楽しみにしている行事でもあります。それだけに保育者にとってはプレッシャーになるのです。できるだけ見栄えのするものをしなければというプレッシャーから、子どもたちを練習に毎日駆り立ててしまうことにもなっていました。日常の生活を大事にしようと思っていても行事があると準備や練習に追われてしまって、日々の生活が行事のためのものになってしまうという状況がありました。子どもたちにとっても、いやいや練習させられたり、うまく出来ないと叱られたり、楽しいはずである行事が苦痛にさえなっていました。

 最近ではこのような疑問から従来の行事を見直し親子で楽しめる行事にしようと取り組んでいるところも出てきています。しかし、それとは逆にますますエスカレートして、幼児とは思えないほどの器楽合唱を披露したり、鼓笛隊を結成したり、様々に凝った作品を展示したりする園もあります。
 そもそも幼児期の子どもたちにとって「見せるための行事」が必要なのでしょうか。この年齢の子どもたちにとっての行事のあり方、考え方はどのようなものなのでしょうか。

 私たちの体や心にとってリズムがとても大切なものであることを学んできました。特に身体を形成する大切な時期にある乳幼児にとっては、リズムは欠かすことの出来ないものであることを学びました。タインさんは、一日のリズム、一週間のリズムと同じように一年のリズムもとても大切なものだといわれます。一年を通じて行われるお祭りや行事を毎年、同じ時期に繰り返すことによって、子どもたちは一年のリズムを体験します。同じお祭りを体験した子どもは、前年のお祭りの思い出がよみがえり来年もこのお祭りがめぐってくるのだろうと考えます。自然な繰り返しの中で思い出を重ねることは子どもの心を強め、安心感を与え、記憶力を高めるといわれます。

 私は昨年7月のはじめシュタイナー幼稚園に実習に行ったときのことです。聖ヨハネ祭の時でした。日本では「七夕」のお祭りがある時期です。毎年その幼稚園では「おとぎり草」の人形劇をされていました。年長の子どもたちは人形劇のセットを見ただけで「おとぎり草」の人形劇だとすぐに分かり
     おとぎり草を探しなさい
     お前がみつける 
     真夏の夜のおとぎり草は
     すべての傷を癒します      
と劇の途中に出てくるせりふを唱えて、人形劇が上演されるのを心待ちにしていました。
 一年前のことをこんなにもよく覚えているものだと感心させられました。年長の子どもたちは3歳のときから毎年体験してきているので記憶がすぐによみがえってくるのでしょう。

 私が小さかったときも、夏祭りのときはお小遣いをもらって近くの神社へ行ったこと、お盆にはあちらこちらの盆踊りに出かけて、そのたびにお菓子をもらったこと、年の暮れには近所の人たちとお餅つきをしたこと、節分のときはいつもいわしを食べたことなど…。楽しい思い出としてよみがえってきます。

 今の子どもたちはどうでしょう。特に都会に住む子どもたちはそういった体験が本当になくなってきているように思います。都会の人間関係が希薄になり、忙しさもあってお祭りを世話してくださる大人がいなくなったこと、子どもたちが少なくなったこと、家庭においても行事を大切にしなくなってきたことなどが原因でしょうか。そのように考えると幼稚園や保育園での行事の取り組みは大切なものになってきますね。

お祭りはいったいどのように始まったのでしょう。 
 タインさんは、人間と同じように地球も呼吸をしているといわれます。太陽の力が強くなっていく夏至の頃は地球の中のすべての息を吐ききった時なのだそうです。その時期、私たちの心も宇宙へと出て行ったような気持ちになります。それから少しずつ息を吸い込み始め、12月の冬至の頃は息を満タンに吸い込んでいる状態です。私たちの心も自分の内面に深く入っていると感じます。そしてまた徐々に息を吐き出し始めるのです。

 地球の呼吸が季節を現し、四季折々のお祭りになっているのです。西洋では12月にはクリスマスがあり、夏至の頃には聖ヨハネ祭があります。その中間に春分があり秋分があります。春分には復活祭があり秋分の頃にはミカエル祭があります。このように世界中で季節が移り変わる時期に様々なお祭りがあります。
 
 子どもたちには、このようなお祭りを通して地球の呼吸を感じ、季節の移り変わりを感じ、楽しい思い出を重ねられるような取り組みが必要なのですね。親御さんに見せるための行事は不要ですね。子どもの成長を見てもらうのではなく、逆に成長の妨げになっているような行事なのですから

お祭りを企画するには
・お祭りの意味を学びます。
 はじめに伝統的なお祭りが何故出来たのかを調べ、自分たちや子どもたちにとってどんな意味があるのかを考えます。お祭りの意味を親御さんにも知らせ理解を深めてもらいます。このことは子どもたちには話しませんが大人が知っていると自然に雰囲気の中に現れ、お祭りがより豊かになります。タインさんは意味を考えることによってお祭りに対して畏敬の念をいだくようになるといわれます。

・行事にふさわしいお話を考えます。
 本やインターネットでお祭りにちなんだ伝説を見つけます。お祭りの意味が分かっていたら伝統的な物語であっても自分で考えていいとのことです。

・お話が決まったら、お話を語るのか、人形劇にするのか、ライゲンで表現するのかを考えます。

・クラフトをします。
 たとえば、クリスマスなら羊毛で天使を作ったり、夏の行事ならちょうちんを作ったり、七夕飾りを作ったりします。

・食事会をしてもいいです。
 お祭りにちなんだ食事を作ります。

 シュタイナー幼稚園では、息を吐ききる夏至の頃と息をいっぱい吸い込む冬至の頃に、聖ヨハネ祭とクリスマスを大きな行事として取り組んでいます。そのお祭りには保護者の方も一緒に参加してもらい楽しい行事になっています。
 その他は小さな行事として、収穫をお祝いしたり、遠足に出かけたり、季節のお花を飾ったり、行事にふさわしいおやつを作ったりなど負担にならないように取り組んでいます。タインさんはたくさん行事があると一つ一つが弱められると述べておられました。

 また、精神、魂、体の3つの部分に働きかける行事をすることが大切だといわれます。たとえば、人形劇を見ることは精神的なものです。皆で一緒に食事をするのは社会的な行為で心の領域です。お祭りのための物品を作るのは身体の部分に当たります。これらの3つが行事の中でバランスよく取り入れられることが大切なのです。

 このようにしてお祭りが終わったら、次の日はいつもの生活に戻ります。子どもたちの心の中でお祭りのイメージが残り楽しい思い出になります。


誕生日会
 シュタイナー幼稚園では、季節の行事と同じように一年に一度必ずやってくるお祝いがあります。それは一人ひとりの子どものお誕生日会です。その子が生まれた日が休園日だったりすると仕方なく誕生日の前後にお祝いをしますが、原則はその子が生まれた日に誕生日会をします。私が以前勤めていた保育園では長い間、○月生まれのお誕生日会というように、その月に生まれた子どもをまとめてお祝いをしていました。今でも、たいていの保育園や幼稚園はまとめて月々にしているところが多いと思います。

 シュタイナー幼稚園で誕生日を四季のお祭りと同じように大切にしているのは、一人ひとりの子どもはかけがえのない存在であり心から畏敬の念をもって保育をしている現われだと思います。
 シュタイナーはどんな子どももこの世に生まれる時には、それぞれに果たすべき使命を持って生まれてくるといいます。その使命を果たすべく親を選んでやってくるのだと。

 私は親から虐待を受けて殺されてしまった子どものニュースなどを聞くと、「かわいそうに。子どもは親を選べないものね。」とよく思ったものです。でも、シュタイナーの考えでは、その子はそんな親を選んでやってきたのです。

 科学が発達した今では子どもを産むこともコントロールできる時代になりました。昔のように「授かりもの」という意識はだんだんとなくなってきて、子どもは「自分のもの」と思ってしまいがちです。自分のものなら、自分の思い通りに育てようとします。自分の思い通りにいかないとイライラし腹が立ってきます。このような考え方が子育てをより困難なものにしているように思います。自分の子どもであろうと人は皆それぞれ個性を持ち、違った精神を持っているのです。その個性を大切に育ててあげることが子育てです。

 子育て中に「私は、なんてだめな母親なのだろう。」と悩んだり落ち込んだりしたとき、「こんな私でも親として選んでくれたのだ。」と思うことができればどんなに勇気づけられることでしょう。

シ ュタイナー幼稚園のお誕生日会は保護者の方も園に来ていただき一緒にお祝いをします。誕生日会では、星の世界から天使に導かれてお父さんお母さんのところへ生まれてくるときのお話が語られます。「この子は私たちのところへ来てくれたのだ。」ということを確認することが出来るのです。

 子育てがとても難しい子どもがいます。心身に障がいをもって生まれてくる子どももいます。シュタイナーは、彼らはその困難な人生を歩むべく自分で選んで生まれてくるのだといいます。精神の進化を果たすために。そして、その手助けをしてくれるお父さんお母さんを選んで生まれてくるのだと。
 このような考え方があって、一人ひとりが本当にかけがえのない存在であること、一人ひとりに畏敬の念を心から持つことができるのです。


 “一人ひとりの子どもに畏敬の念を持つこと”これはシュタイナー教育をするものの基本的な姿勢です。
シュタイナーが教師に向けて書いたモットーです。

  畏敬の念をもって子どもを受け止め、
  愛情を持って教育し、
  自由の中へ解き放つこと。

           ルドルフ・シュタイナー
[PR]
by higuchi1108 | 2008-04-18 11:48 | 幼児教育講座

食事について

食事について
 現在は飽食の時代です。おいしいものが山のようにあります。食べたいものはなんでも手に入ります。また、手間暇かけて調理をしなくても手軽に何でも買える時代です。その半面、食の安全面で危機的な状況が訪れています。添加物だらけの加工食品、農薬づけの野菜、最近ではうその表示をしたりして摘発される業者が後を立ちません。何を信頼してよいのやら…。
 今の日本では飢えに苦しむことはなくなりましたが、私たちの知らない間にこういった食べ物によって心身が蝕われているとしたら怖いことです。アトピーや肥満、子どもなのに成人病に苦しむ子どもたちが増えています。これらの子どもたちはこのような状況の犠牲者なのでしょうか。

 しかし、このような不安から極度に食べ物に関して神経質になってしまうと生きにくくなってしまいます。こんな話を聞いたことがあります。小さいときから食べ物に気をつけ、家庭で調理した安全なものしか食べさせなかったお母さんがいました。その子が大きくなって大学に入り、大学の食堂で初めて食事をしたのだそうです。すると、すごいジンマシンが出てきたとのこと。ある程度、害のあるものでも食べて馴らしておかないと社会生活を営む上で障害が出てくるのでしょうか。
 また、「甘いものは子どもには一切食べさせません。」という方針のお母さんにも出会いました。おじいちゃんおばあちゃんのところへ行くと飴やらケーキやらを食べさせるといって怒っていました。子どもはおじいちゃんおばあちゃんとお母さんの間に立たされてかわいそうでした。
また、子どもには砂糖や肉は一切食べさせないという人にも出会いました。

 そうは言っても、子どもがアトピーだったら食べ物を制限せざるを得ませんし、まだ小さな体の乳幼児の子どもの食生活には細心の注意が必要なのは確かです。
 農薬や添加物の少ない食べ物を選んで与えることは大切です。基本は、より安全な食材で家で料理をしたものを食べさせることだと思います。でも、家にいるお母さんだってたまには息抜きしたいこともあります。両親が共働きの家庭では理想通りにはいきません。たまには、外食や加工食品、出来合いのものを食べさせることもしかたがないことです。
 また、家で調理する場合でもどんなものをどのように調理すればいいのでしょう。
食に関しては様々な考え方があります。色々な考え方に振り回されるのではなく「私はどうするのか。」ということをしっかり考えることが大切だと思います。
 考える土台として、シュタイナー幼稚園での食事やおやつはどのようなものなのか、シュタイナーの食に関する考え方はどうなのかということをお伝えできればと思います。

シュタイナーは、次のように言っています。
 「わたしは、どのようなものを食べるのがよいのかを扇動するつもりはありません。それぞれの食べ物がどのように作用するかをお話しするだけです。菜食主義者がきて、<軽い無力感があります。>ということがあります。そのようなとき私は、それは肉を食べていないからだといいます。客観的に考察しなければなりません。何かを強制することがあってはなりません。」と

マクロビオテック
 今、マクロビオチィックの食事が注目され取り入れている人も増えていると聞きます。ミカエル・カレッジの里子さんから考え方の基本を少しだけ教えていただきました。シュタイナーの考え方と同じところもあり、違うところもあります。

 マクロビオチィックの基本的な考え方は穀菜食といわれるものです。宇宙の秩序にのっとった食べ方で、具体的には玄米を主食とした穀物と、野菜、海草、豆類、大豆加工品などの味噌、醤油、塩、油を使って調理します。動物性食品や卵、乳製品をとることはなく、砂糖やみりん、はちみつなども一切使うことはありません。

何故、動物性食品を食べないのかというと、
 この世の中は「陰」と「陽」という二つの力のエネルギーによって構成され展開さているという考え方から来ています。「陰」は主に植物(野菜類)で、「陽」は動物(人間も含む肉や魚介類)です。陰―陽―陰―陽の大きな展開は宇宙の秩序をなしているといわれます。
「陽」は「陽」を反発し。「陰」は「陰」を排斥して結ばれません。動物(人間)が動物を食べることは宇宙の秩序を乱すことだといわれます。

 陰性のものは主に葉菜類、果物です。塩や醤油、味噌、漬物などは陽性です。その中間に穀物、根野菜、豆類、海草、お茶、油があります。陰と陽どちらかに偏ることなくバランスの取れた食事が理想なのですね。

 砂糖やみりん、はちみつなどをとらない理由
 これらの食品はとても陰性が強いものなのだそうです。こういったものを日常的にとっていると細胞は緩み、体は冷えていくといわれます。特に砂糖は体の中で燃焼するのに非常にたくさんのビタミンB1を必要とします。ビタミンB1が不足すると体は酸化してしまうので、これを中和しようと骨からカルシウムをとってしまいます。今の子どもが骨折しやすいのは砂糖の取りすぎが原因の一つなのかもしれません。

 また、食材選びの基本は、その土地、その季節に取れるもの、そして精白しない、皮をむかない、アク抜きしないことを心がけます。さらに大切なこととして、生命の糧となってくれた食物に感謝しよくかむことです。と書かれています。
 「生命なきものは、生命の糧とならず。」とは、細菌学者の三木謙三氏の言葉です。蒔けば芽の出る、保管しておけば成長、変化するものこそ生命源としての食物であり、栄養的にもバランスよく、栄養素が含まれているといわれます。この考え方は、シュタイナーの考え方も同じだと思います。
「陰」と「陽」を併せ持つ一つのものを丸ごと全部いただくという理念から、精白したり、皮をむいたり、アクをとったりということはしないのだそうです。

 里子さんの授業でマクロビオテック方式のきんぴらごぼうを作りました。
 ごぼうとにんじんをよく洗い千切りにします。もちろん皮をむいたりアクをとったりしません。それをなたね油を少し入れて弱火でゆっくりといためます。十分、炒まったらひたひたに水を入れ、ふたをして蒸し煮します。最後に醤油で味を調えて終わりです。野菜の中のうまみが出てとてもおいしかったですよ。アクも旨味に変わるのですね。


 では、シュタイナーの食に対する考え方はどうなのでしょう。
小児科診療室(シュタイナー教育・医学からの子育て読本)の本によると

砂糖については
 砂糖は生命のない無機物に近いものです。エネルギー源としての砂糖は、植物の緑色の部分で形成され、根、茎、葉、花もしくは果物の中に蓄えられます。  人間にとって砂糖は一つのエネルギー源ですが、人間は砂糖のエネルギーを使用する上で自分で消化活動を行う必要はないのだそうです。つまり砂糖は新鮮な植物とは違って臓器の生命活動を呼び覚ますことがないのです。むしろ、体が健康であれば、自分で十分に作り出せるはずの物質を砂糖は変わりに補ってくれるのです。とあります。

 健康なときは砂糖をとらずに過ごしたほうよいということでしょう。でも、この本の著者であるグレックラー氏は、体が病気だったり疲れきっていたりするときは砂糖を取ることによってエネルギーを補給し消化活動を助けてくれるといいます。
 砂糖なしで育てられ、成長がおもわしくなく皮膚の色も青ざめていた乳児が、食事の中の糖分を3パーセント増やしただけで数週間のうちに元気になったという例があるそうです。このような時は砂糖は非常に効果のある物質だというのです。私たちも心身が非常に疲れているときには甘いものが無性に欲しくなりますものね。
 グレックラー氏は、砂糖を何が何でも食卓から追放せよというのではなく、砂糖は子どもの気質や体質に応じて適度に使用されるべきものです。と述べておられます。胆汁質と憂鬱質の人は甘いものをたべるとよいと言われています。

 ただ、気をつけないといけないこととして甘さは、なぐさめ、包み込み、支える作用があるといいます。
このような作用は、砂糖の摂取を頻繁に繰り返す傾向を引き起こすのだそうです。砂糖中毒になった子は、落ち着きがなく、忍耐力や集中力を欠くようになると。子どもが好んで飲む市販のジュース類の中には大量の砂糖が入っているので要注意です。

 もう一つの注意点として白砂糖は控えめに使うべきだと言われます。白砂糖は結晶化が何度も繰り返され、すべての付随物質が取り除かれています。まったく生命のないものになっているのですね。

 はちみつは、単に砂糖の代わりに使うべきではないと書かれています。はちみつは非常に強い作用をもつ物質であり、人間の代謝系に多面的な刺激を与えるのだそうです。日本では、抵抗力の問題からはちみつを与えてもよいのは1歳を過ぎてからと指導されています。

人口甘味料の使用はお勧めできません。

卵、肉については
 人間の体は、たんぱく質を構成するすべてのアミノ酸を自分で構成することは出来ません。生きるために必要なアミノ酸は、食べ物を通して摂り入れなければならのです。この必須アミノ酸はあらゆるものにふくまれますが、動物性の肉製品、卵の中に豊富に含まれているのだそうです。牛乳の中にも十分に、また豆類の中にも少量ではありますが含まれています。

いつから子どもに卵や肉を食べさせるべきなのでしょう?
 母乳はたんぱく質の量は少ないですが、生まれて間もない赤ちゃんにとっては疑いもなく最良の栄養です。グレックラー氏は、生後3年間は自然によってもたらされた母乳の栄養モデルに従うことが理にかなっているといわれます。つまり、乳製品、穀物、野菜、果物などいわゆる乳菜食を続けるということです。

 生後数年間は、卵や肉を避けたほうがいいという理由はもう一つあります。卵や肉には体の成長や体重の増加を加速する作用があるそうです。人間は動物と違って、身体の発達の速度がとても遅いのです。それによって心と精神の発達が可能になるのですと。

 また、たんぱく質を植物から摂取することによって、神経組織を新鮮にする力を発展させることができるのだそうです。

 幼児期には乳製品や野菜を中心にした食事をし、それ以降はそれぞれの子どもの欲求に合わせて変化をつけ、質的にも問題のない食事を与えるということです。

 しかし、たんぱく質は人間にとってなくてはならないものですが、量は決して多すぎてはいけないそうです。動脈硬化の大部分は、たんぱく質の摂取過剰が原因によって引き起こされます。血液がどろどろして黒ずんでくるのですね。

乳製品については
 日本人をふくむアジヤの人間は乳児期をすぎると、乳糖を分解する酵素の活性が低下していくのだそうです。生後2,3年目からは乳製品を取るべきではないという考え方もあります。私は、牛乳を一気飲みすると下痢をします。
一人ひとりの体質によるものなので、必ずしも牛乳がよいとか悪いとか決め付けられるものではない。と書かれてありました。

穀物について
 グレックラー氏は、食べ物を選ぶ上で積極的に穀物を取り入れることには意味があると述べています。

 シュタイナーは、人間の神経・感覚系のはたらきは、植物の根のはたらきに対応している。人間の新陳代謝のはたらきや生殖機能は植物の花に対応している。リズム機能の血液循環と呼吸は植物の葉に対応している。と述べています。
 「種」である穀物は根や葉や花の部分の食べ物とは違って、体に一面的な作用を及ぼすこともなく、むしろさまざまな身体機能が調和するように支えてくれるとのことです。
マクロビオテックの「陰」と「陽」の考え方でも穀物は、その中間にあります。

 シュタイナー幼稚園では、様々な穀物を使ったおやつを曜日ごとに提供しているところが多くあります。
たとえば
 メルヘンこども園のおやつ(6人分)
月曜日 玄米がゆ
    カップ1杯弱の玄米に4倍の水をいれ、圧力釜で炊く。重りが動いてから弱火にして    20分炊く。火を止めて15分たったら食べる直前にレーズンを少々入れる。

火曜日 はとむぎだんご
    はと麦、カップ8分目。水は耳たぶくらいの柔らかさになるくらいの分量をいれて丸める。   30分蒸して、メープルシロップをかける。

水曜日 きびがゆ
    カップ1杯弱のきびに4倍の水を入れて圧力釜で炊く。重りが動いたら弱火にして20分     炊く。火を止めて20分蒸す。食べるときにしそふりかけをかける。

木曜日 天然酵母パン
    強力粉1カップ、ライ麦粉半カップ。酵母、塩少々を水をいれ弾力がでるまでよくこねる。    冷蔵庫で一晩発酵させる。
    オープンで焼く。100度 10分、 150度 10分、180度 10分

金曜日 ミューズリー 
    オーツ麦1カップ、りんご(2,3ミリの薄切りにし、棒状に細かく切     
    る。)レーズンを器に入れ、牛乳を注ぐ。季節の果物やナッツを入れてもよい。
 
 食事を提供している園でも、メニューはたいてい玄米ご飯と野菜いっぱいの具のたくさん入った味噌汁やスープです。

 食材も有機野菜、バイオダイナミック農法で取れた野菜を使っておられました。シュタイナー幼稚園の食事は決して豪華ではありません。とても素朴ですが、私はとても贅沢な食事に思えました。また私は、子どもにはたくさんのメニューを用意し色々な種類の食べ物を食べさせることがよいと思っていました。でもそうではないのですね。いつも同じものを繰り返し食べることで子どもは安心するのですね。いつもと違うメニューが出てくると緊張して食べない子どもがいました。子どもにとって繰り返しが大切であることは食事でもいえることなのですね。スイスのシュタイナー幼稚園のおやつは毎日毎日、パンとりんごのペーストでした。

人間の持つ歯の構成から見てみると
 門歯8本…果物、野菜を切る歯
 犬歯4本…肉を噛み切る歯
臼歯20本…穀物をすりつぶす歯

「穀物5:菜2:肉1 の割合で食べなさいよ。」と歯の構成を通して体が教えてくれているようです。

 人間は穀物を主に食べるように出来ているのですね。穀物は「種」です。種から芽が出、やがて実をつけます。生命あふれる食べ物です。

 このような生命あふれる食べ物は、太陽や土の恵みからもたらされました。それらに感謝する気持ちも忘れてはなりません。シュタイナー幼稚園では感謝の心を育てるために、お祈りをして食事をします。

うた
 大地が作り、太陽が実らせた。
 ありがとう太陽、ありがとう大地
 感謝していただきます。
祈り
 大地はこれらをくださいました。
 太陽がこれらを実らせました。
 愛する太陽、愛する大地
 私たちは、決して忘れません。
 いただきます。

 また、食卓にお花を生けて飾ったり、食事の準備を年長児が手伝います。
お料理のお手伝いも子どもたちは大好きです。野菜を切ったり、材料を混ぜたり、こねたり、パンを形作ったり…。
タ インさんは「料理は芸術です。そして時には癒しになります。料理は子どもたちに実生活に触れさせ、喜びをもたらし、自分は役に立っていると自信をもたせてくれます。そして、母なる地球の恵みに思いを至らせてくれ、世界の人たちへの思いやりを育ててくれる。」といわれます。

 シュタイナー幼稚園のすばらしいところは、子どもたちが遊んでいるかたわらで先生が手仕事をし、料理をつくります。部屋中いい匂いが漂います。幸わせいっぱいの家庭があるのです。
[PR]
by higuchi1108 | 2008-04-05 16:57 | 幼児教育講座

昔話としつけについて

               タインチェリー氏の幼児教育講座(2)

昔話について
 シュタイナー幼稚園では昔話を聞く時間が毎日あります。昔話を先生が覚え子どもに語って聞かせます。2週間から1ヶ月同じお話を聞かせます。昔話を子どもに聞かせることはどんな意味があるのでしょう。何故、こんなに大切なこととして保育の中に位置付けられているのでしょう。

昔話の知恵
 昔話は文化の中で長く生き続けてきたとても古いお話です。
世界中でそっくりな話があったり、どこか似ているものがあります。自然の描写や行動など地域によって違いがありますが共通の普遍的なものがあります。

昔話の性質
 タインさんは物語には常に知恵、教え、私たちに悟らせるものが含まれているといわれます。
物事はこんな風になされるのですよ。子どもはこのように育てるのですよ。といった教えや習慣や生活の方法、人間の使命について、人間の精神的な発達について、動物との関係などを教えてくれます。

 ほとんどのお話は人間の意識の進化をあらわしているのだそうです。
かっての人間は夢見る意識状態でした。

巨人が出てくるお話では
 巨人は大きくて力がありますが明確な思考は出来ません。巨人は肉体は発達していますが意識は眠っている状態です。

次の段階に登場する人物は
 何かを感じることができます。善悪やモラル。愛や同情の気持ちを持つことができます。

その次には現在の意識があらわれます。
 悟性的、知的なものが生まれるのです。
たとえば、いさましいちびの仕立て屋の話などは体は小さいけれど賢さをもった人間です。
司祭さんやお坊さんがでてきて、人間はどのように生きていくのかを教えてくれます。

このように、たくさんの昔話の中に人間の意識の変遷が見られるのです。

また、昔話には人が成長していく道が語られます。
 まだ大人に成長していない王子様や若者、年下の息子などが家を出て旅に出ます。旅の中でお姫様を助けたり、宝物を探したりします。そのお話の中で必ず主人公は様々な障害物や困難に出会います。たいていその困難は3つあるのです。主人公は障害物や困難を乗り越え悪を征服します。最後には幸せに暮らすというハッピーエンドで終わります。

 タインさんは、昔話に出てくる様々な登場人物はあるタイプを代表するような本質を持ったキャラクターが出てくるといわれます。これはどの文化にも見られるものなのだそうです。

お姫さま…魂(感情)をあらわしています
王子様…自我をあらわしています。
 王子様がお姫様を助ける旅に出て困難を乗り越えてめでたく結婚するというお話は、自我と魂(感情)が一体になるということなのだそうです。自我と魂(感情)の調和が取れることを意味するのです。

王様、お父さん、おじいさん…強い自我。過去の知恵をあらわしています。
 賢い王様が若い王子に知恵を授けるというお話がたくさんあります。

母、おきさき、おばあさん…女性の魂をあらわしています。

魔法つかい、まま母、魔女…母というものの否定的な側面をあらわしています。
 母は自愛にとんだ優しさがある反面、否定的、破壊的な側面を持っています。たとえば、息子を溺愛し自律しようとする力を奪ってしまうというのは母性愛の不の部分です。

赤ちゃん、小さな人…未来や知恵をあらわしています。

仕立て屋…思考ができる能力を持っている人物です。

天使…人間を見守ってくれます。

 タインさんは、語り手はこれらのことを参考にしてお話の意味が読み取れるようになることが大事だといわれます。自分でその意味を探し出していくことが大切なのです。

 子どもたちは、ただお話を聞きます。そのときイメージを受け取ります。物語に含まれている過去の知恵を受け取るのです。そのことを通して子どもたちに深い安心を与えることが出来るのですと。

 シュタイナーは、子どもの心を荒廃させないためには、昔話を毎日聞かせてあげることが大切だと考えました。昔話は人間存在そのものについて何か根源的なものをあらわしているというのです。

 シュタイナーは、「さまざまな昔話に表現されているのは、人間が人生の特定の状況の中で遭遇するものでも人間の限られた体験領域の中にあるものでもないのです。それは人間の魂が持つ体験の中でもっとも奥深いもの、すべての人間にとって普遍的なものなのです。人間はそれを7歳までの子どもであれ、中年の人間であれ、あるいは老人になっていようと、同じように体験します。そのような体験を自由に、往々にして軽やかに、イメージ豊かに表現しているのが昔話なのです。」と述べています。メルヘンはかっては大人のためのものだったそうです。

 私たちが、色々な食べ物を食べて体の栄養を取っているように、昔話は心の栄養となるのです。

 また、「昔話はこころの診察室」という本を書いた矢吹省司氏は、その本の中で次のように書いておられます。

 「幼い子どもは無垢である。それだけに環境の色に染まりやすい。だから、人生の明るい面だけに触れていれば、明るい人間に育つ。という誤解がある。事実を言えば、子どもの心は純白ではない。また、傍目に見るほどのんきにのんびり生きているわけでもない。それどころが、自分の気持ちをうまくごまかせないだけに、しばしば強烈な苦痛をナマのまま味わう。死の恐怖、一人ぼっちのさびしさ、分離、不安、不信、罪悪感、劣等感、屈辱、嫉妬、怨みーこれらの不快な感情が彼らの内部で渦巻くことになる。昔話は、そういう内面の「現実」を物語ることで、不快な感情の解放をもたらす。昔話に癒しの効果があるのは、そのせいである。」と。

 昔話には、とても残虐なお話が出てきます。かちかち山の狸は、ばあさまを杵で打ち殺し、ばば汁を作ったりします。グリム童話にもたくさんの残虐な場面があります。けれどもそれをディズニーのお話のように美しいところだけをとって、残虐な場面を書きかえてしまったら昔話の持つ叡智がなくなってしまいます。もちろん癒しもなくなります。

 昔話を語るときは、どんな場面でも抑揚をつけるのではなく淡々と語るのがいいそうです。昔話をそのまま映像にしたらとても怖いですね。だから語り聞かせるのですね。 

 深い叡智をもった昔話を語り聞かせることは、子どもたちの心の栄養になり、心を癒してくれるものなのですね。



しつけについて
 しつけとは何なんでしょう?
 して欲しいことを子どもにさせる。して欲しくないことを子どもにさせない。ということでしょうか。無理やりにもそのことをさせるという意味もあるように思います。そのことをしなかったら罰を与えるとか、「やりなさいと言ったでしょ。」と物質的な力でさせようとします。昔はむちでたたいたりしていました。文明化された国では体罰は法律で禁止されるようになりましたが。
しかし、手出しはしないけれど精神的な面で同じようなことをしていないでしょうか。「お前みたいな子は…」と口でののしったりします。
それをやらないなら何もしてやらないとか、あなたとは口を利きませんとか食事を与えないということもあります。
子どもに虐待をして捕まった親の多くは「しつけのつもりでやった。」と供述しています。子どもにしつける方法は、一歩まちがえると虐待に陥ってしまうのですね。

 このようなやり方は、結果的に良いものを残しません。
タインさんは、子どもを育てるとは子どもの成長を助けることです。このようなやり方は子どもの成長を逆に妨げ、良くない性質をもたらすといわれます。

ではどのようにしつければいいのでしょう。
 しつけは、すべてのことを子どもの発達段階で見ていくことが大事だといわれます。

それは「創造的なしつけ」といわれます。
 これは年齢に応じたしつけ方のことをいいます。子どもをしつける場合、その子がどんな発達段階にあるかを見なければなりません。

たとえば、食事の場面では
 1歳の子どもなら食べ物をなげても許されます。
 3歳では許されません。
 4歳ではなんとひどい。しつけがなってないといわれます。
 5,6歳になればきっちり座って上手に食べるように求められます。

 子どもがその場所にそぐわないことをするのは、その子が悪いのではなく、この場所ではこうするのよということを教えていないからだと考えるのです。

創造的なしつけの具体的な方法は
(肉体的、物質的な行動)
物を壊した場合
 たたくのではなく、その子を抱き上げてその場から連れ去ります。
おもちゃの取り合いが起こり自分たちで解決できないとき
 「二人で仲良く遊べるようになるまではこのおもちゃはあずかっておきます。」と言っておもちゃを取り上げて、手の届かないところに持っていきます。

 6歳までの子どもには言葉は最小限度にとどめます。
くどくどと説教するのではなく(知的な部分に働きかけるのではなく)肉体行動を通して働きかけます。

して欲しくないときは、取り上げます。
して欲しいときは、私たちがそれを見せます。子どもはいつも大人を見ているので、して欲しいことがあればそれをしてみせるのです。

手本を見せることは最も大切な小さい子どもの教育の道具。

3歳児になるとお話を使います
 子どもがふさわしくないことをした場合、それはこうこうだからだめというのではなく短いお話をします。
 たとえば、食べるのが早い子の場合には、「さっちゃんはいつもご飯をあまり噛まないで呑み込むように早く食べます。するとある日とてもお腹が痛くなりました。」というようなお話を作って子どもに聞かせます。お話の最後にはかならずよくなって終わります。
 また、道路に子どもが飛び出してしまった場合には、「よしおくんは、おかあさんからだめよといわれていたのに、道路に飛び出してしまって車にひかれそうになりました。でも最後にはイヌがきて助けてくれました。」という風なお話をします。

 5歳になると言葉を使って語りかけることが出来きるようになります。
ピクチャーランドリーといいます。たとえば、手洗いの順番がぐちゃぐちゃになった場合「はい、一列に並んで。」という言葉は使わずに、「ここに電線があります。そこに小鳥が止まっています。この小鳥さん電線から落っこちたね。この小鳥さんを電線に止まらせてあげなくちゃ。」というふうに話します。子どもにイメージを持たせるのですね。
「さー立って円を作りましょう。」ではなく、「きれいな指輪をつくりましょう。」と言ったりします。

 7歳ぐらいになると普通の言葉を使うことが出来るようになります。
けれでも、簡単にいうことが大事です。「手を洗いなさい。」だけでいいのです。「手を洗わないとばい菌が…」と言わないのです。「お願いだから手を洗って」と頼む必要もありません。

 タインさんは、常に繰り返すことが大切ですといいます。同じ言葉を同じ状況のときに同じように言うのです。歌をうたうように言うこともあります。シュタイナー幼稚園では、手を洗うとき、お片づけのとき、手をつなぐとき、食事のときなど色々な場面でメロディーをつけて歌うように子どもに知らせていました。

「創造的なしつけ」…確かにいい方法ですが、こんなにうまくいくものなのでしょうか。現実はそうはいかないことも多いと思います。大人の側の心身がとても疲れている時など、して欲しくないことをされたらついカッとなってしまうのも事実です。やさしく言っても知らん顔をされてちっとも言うことを聞いてくれない場合もあります。
たとえば、もう寝る時間なのにいつまでも遊んでいるとか、公園で遊んでいてもう帰る時間だというのに帰ろうとしなかったりなど、遊びをやめさせて次の行動に移らせるときがとても難しいですね。
 タインさんは、大人の中に迷いがあるとだめだといわれます。「もう少し遊ばせてあげようかな。」と一瞬でも思ったら子どもは大人の心を見透かしてしまうと。今日はいいけど、明日はだめというのも一貫性がありません。
タインさんは大人の中にしっかりとした確信があると子どもはそれに従うといいきっておられました。
[PR]
by higuchi1108 | 2008-03-31 13:20 | 幼児教育講座

タインチェリー氏による幼児教育講座

               タインチェリー氏の幼児教育講座
 タイン氏による幼児教育の講座がありました。今回はシュタイナー幼稚園での具体的な取り組みの内容を教えていただきました。私はこの講座の後、3週間の実習があり、その中で体験した事も交えながらお伝えしたいと思います。

まず、0歳~7歳までの子どもの課題は何かということをもう一度思い出してみたいと思います。

1、身体を育てること。
2、意志を育てること。
3、感覚を大事にすること。

この3つでした。

1、身体を育てる
 身体を育てるためには「リズムがとても大切である」ということを学びました。リズムとは繰り返しであり2極性があります。けれど決して機械的な繰り返しではありません。タインさんは、「呼吸、惑星の運行など、命はこういうものに寄りかかっています。呼吸が一つでも欠けたり、太陽が昇らない日があったら私たちは死んでしまいます。すべてはリズムであり、リズムは命であり、生命力であり、安全性でもあります。」といわれます。どの人にとってもリズムは大切ですが特に子どもはとても大切なものです。大人であれば眠れない日があっても、夕食を食べなくても次の日、補うことができます。でも子どもは出来ません。子どもには必ずリズムが必要です。子どものリズムは大人である私たちがしっかり作ってあげること、それなしには子どもの命さえも守ってあげられないのです。そして、命であるリズムが私たちの習慣を作ってくれるのです。

シュタイナー幼稚園のリズム
 リズムには、日常の決まりきったことを繰り返すという要素があります。軍隊での生活も、食事の時間、就寝の時間など厳重に決められています。朝、ベルがなったらサーと起きて整列します。少しでも遅れたら叱られます。まるで機械のようです。子どもが必要なのはこのようなリズムではなく調和があり柔軟性が必要だといわれます。行事やお祭りがあるとスケジュールを変更したり、めったに雪が降らない地域で雪が降ると、その日は室内遊びをなくして貴重な雪遊びの体験をさせてあげるなど柔軟に変えることも必要です。

 具体的に、幼稚園や保育園の一日のリズムはどのようなものなのでしょうか。

 タインさんは、対象の子どもの年齢、保育時間、その国や土地の文化、場所、気候、夏と冬、子どもの様子や保護者の求めているもの、教師が必要としているもなどによって変わるといわれます。実際に実習の体験から外遊びは午後から行っているところもありました。一般的には登園してきたら部屋遊びを先に行い次に外遊びがあります。でも、沖縄などでは午前中の涼しいときに外遊びを先にして部屋遊びを後にしていると聞きました。

 大切なのはどのようなスケジュールでも呼吸のように吸う(収縮)、吐く(拡散)のリズムがあることです。

(実習先での一日の流れ)
9:00  登園
       部屋での自由遊び            吐く
10:30  おもちゃの片付け
10:45  おやつ 
       モーニングサークル(ライゲン)か   吸う
       オイリュトミー           
11:00  外遊び                    吐く
12:30  後片付け
12:45  お話か人形劇               吸う
13:00  昼食                     吐く
13:30  降園

タ インさんは降園後の家でのスケジュールも「吸う」、「吐く」のリズムのある生活が出来るよう保護者と話し合い、リズムを整えることを手助けすることも大切だといわれていました。

 リズムのある生活は疲れません。心臓や呼吸のリズムは正しく行われているときは決して疲れません。私たちが生まれてから死ぬまで休むことなく働き続けてくれます。なぜ疲れないのでしょう。それは吸うから吐くに変わる、吐くから吸うに変わるときにほんの少しの休みがあるからです。

 この休みに当たるところ、今の活動から違う活動に移るときのつなぎ目がとても難しいのです。このつなぎ目がうまくいけばすべての活動がスムーズに流れます。
家庭でも寝る時間なのにいつまでも遊んでいる子どもに悩まされていませんか。私も保育現場にいた時、外での遊びを終えて部屋での遊びに切り替えるとき、なかなか部屋に入ってこようとしない子。お片づけの時間だといっても知らん顔で遊び続ける子が必ずいました。結局、叱って強引に従わせるということになっていました。

シュタイナー幼稚園では、このつなぎ目にいつも決まった儀式を行います。

儀式―敬う気持ちを育てる。
 例えば、お片づけの時間になると先生は鈴をならしお片づけのうたを歌います。モーニングサークルを始める前には決まった手遊びをし、輪になるための歌をうたいます。子どもたちは「次はこうするのよ。」といわなくても、歌を聞いただけで手をつなぎ輪になります。お話や人形劇が始まるときにはキンダーハーブを弾き、ろうそくに火をつけます。
タインさんは、このような儀式がないと子どもは騒ぎまわるといいます。
いつも同じ歌、同じ方法で行うこと。これが儀式です。

 このつなぎ目の活動をどうして儀式というのでしょう。タインさんは、キンダーハーブを弾くときの行為も、ハーブをとても大切に扱い、敬う気持ちをこめて弾くことが大切だといいます。タインさんから人形劇の始まる前の儀式を教えていただきました。キンダーハーブを弾き、ローソクに火をつけます。そして静かに歌いながら舞台の上の布をとります。まるで茶の湯の作法である御手前のように合理的で無駄のない美しい動きでした。人形劇が終わった後も同じように行います。ローソクを消すときも息で「ふー」と吹き消したりしませんよ。枝のついたローソク消しで静かに消します。シュタイナーは「人形劇は神聖な芸術なのだ。」と述べています。子どもたちをメルヘンの世界へ導くための大切な儀式です。

 子どもたちは、このような先生の行為を見ることによって敬う気持ちや畏敬の念を養うことができるのです。先生が行為することに自信を持ち喜びをもって行うこと。静かなジェスチャーではっきりとわかる態度で行うこと。それが儀式なのだと。大人がするジェスチャーに敬う気持ちがこめられていることが、子どもの心に尊敬や畏敬の念を育むことができるのです。

 つなぎ目に儀式を用いることによって、子どもの心に敬う気持ちを育むことを目指すということ。私には本当に驚きでした。叱って強引に従わせるというのとではなんという違いでしょう。
今、子育て中のお母さん、お父さん。子どもが寝る前には「早く寝なさい。」と大声で叱るのではなく、ローソクに火をともして絵本を読んであげたり、短いお話を語ってあげたりしてみてはどうでしょうか。早く寝かせなければという大人のストレスも和らぎ平和に一日を終えることができると思います。


2、意志を育てる
 タインさんは「幼い子どもは意志そのものです。」といわれます。何かをするときには必ず意志が働いています。健康な子どもはいつも動き回っています。これが子どもたちの本質です。意志というのはどの子どもたちにも元々備わっているものなのです。ですからわざわざ育てる必要はないのです。

 では意志を育てるとはどういうことなのでしょう。
意志を育てるという場合、「どのような意志を育てるのか。」ということが大切です。

 強い意志があれば何かを成し遂げることが出来ます。その「何を成し遂げるか」が問題なのです。例えば「この町に爆弾を落とそう」と意志します。ち密な計画を練り実行します。強い意志があればこんな事でも出来るのです。意志は使い方を間違えると否定的になります。

 タインさんは、幼い子どもたちは「私」が確立していないため、激しい手に負えない意志、しつけられていない意志、教育されていない意志、こういう意志が備わっているといいます。意志は間違った方向に行きやすいのも事実です。教育によって意志を正しく方向づけてあげることが必要なのです。

 教育とは正しい意志の教育ともいえます。

 では、コントロールのきかない意志をどうやって教育すればいいのでしょうか。
シュタイナーは「もっとも重要な道具は模倣だ。」といいました。

 模倣するのは意志の表現でもあり子どもの本性である。

 模倣は生まれ持って備わっているものです。けれども子どもの模倣はただコピーのように真似るのではありません。オウムが「おはよう」と真似るのとも違います。大人になって上手な人の絵を真似て描いてみるというのとも違います。大人のように決断や判断がないのです。
子どもの模倣はこれがいいからやってみようというのではなく、ただ無意識に何回もまねをします。良いとか悪いとか関係なく模倣します。ですから模倣のモデルとしての大人のあり方がとても重要なのです。

 もし、身近に歩く人や話しをする人がいなかったら子どもは歩くことも話をすることもできません。模倣することから、コップの使い方、お箸の持ち方、歯ブラシの使い方、手を洗うことなど日常の様々なことを学びます。模倣は学習であり自分自身のことを自分で出来るようになる手段でもあります。

話すとき
 子どもが話すことを学ぶためには、はっきりとした話し方、リズムに乗って想像力にとんだ話し方が必要です。タインさんはよい模倣の対象者になるために保育者はトレーニングする必要があるといいます。シュタイナーの芸術には言語造形という分野があります。また、子どもの前では「ちょうですか。(そうですか)」というような幼児語を使わないほうがいいとも言われています。

子どもは、大人の感情や考えなども模倣します。
 大人たちが他の人に対して親切そうに話していると子どもも同じように模倣します。逆に怒ったように対応していると子どもも同じようになります。大人が前向きなのか、いい表情をしているのかも模倣します。子どもは大人が表現している外的なものだけではなく内的なものをも模倣するのです。その人のモラル、精神的なもの、その人そのものを模倣します。
また、タインさんは、計画を立てるときでも、あやふやな計画を立て途中で変更するようなことをすれば子どもは混乱しますといわれます。

しつけるということ
 意志の教育はしつけるという意味もあります。タインさんは、しつけるとは大人が子どもにこうあって欲しいと思う大人になることだといいます。子どもにこうしなさい、ああしなさいということがしつけることではありません。
たとえば、部屋が散らかっているので片付けてもらいたい場合、「片付けなさい。」としかって無理やりさせるのではなく、まず大人が楽しそうに片付けている姿を見せることが大切です。すると子どもに楽しさが伝わり喜んで片付けるようになるといいます。

リズムがそこに加われば習慣となります。
 時間がきたらこれをする。あれをする。そのことを何回も繰り返すことによってからだの一部になっていきます。繰り返すことによって意志を強め、意志をしつけていくのです。

意志を育てるということは、破壊的ではなく建設的な意志が使えるということなのですね。

 それには大人の良いモデルが必要です。でもそんなこといわれても困ってしまいます。完璧な大人なんていないのですから。
でもよいモデルになれるように努力することはできると思います。そうする事によって私たち自身も成長していけるのです。子育てとは、大人も子どもと共に成長できるものなのですね。

また、建設的な意志を育てるためには「あそび」も欠かすことができません。

あそびについて
・遊びの要素は、ファンタジーと想像力と模倣と物(おもちゃ)です。
 あそびは、ファンタジーや想像力で浮かんだこと、日常生活の体験を模倣すること、それに物(おもちゃ)が加わってあそびになります。

(ファンタジーと想像力)
  たいていの知識はコンピューターや本から得られますが、知識を生み出すことはできません。想像力のない知識は何も生み出しません。また、想像力がないと他の人のことも理解できません。想像力は私たちが生きるうえでなくてはならない大切な能力です。
 幼い子どもの想像力はあそびに深く関わっています。子どもの年齢が低いときにはファンタジーを使っています。ファンタジーは無から物を作り出すことができます。想像力は年齢の高い子どもに生まれます。現実性があり思考の部分が多く含まれます。

ファンタジーの特徴
・3歳から4歳ぐらいまではファンタジーに富んでいる時期です。
・完全に自由です。
 そのことが好きでしています。
・自信があります。
 家だと見えなくても家なのだと自信を持っています。
・リズムがあります。
 何かを作って、また壊して、また作って壊してというリズムがあります。
・たえず変化しています。
 流れています。動いています。定まっていません。遊びが次々に変わります

想像力の特徴
・5歳から7歳の子どもにやってきます。
・思考が少しずつ介入してくるので計画性が出てきます。
 作りたいものがありそれに必要な材料をそろえ、時間をかけて完成させることができます。
・現実的なもの、思考にそったものになります。
 壁のない家は家らしくないので、もっと本物の家のように作ろうとします。

 私はこのファンタジーや想像力に富んだごっこあそびが今の子どもたちの中で萎えていっているように思えるのです。コンピューターゲームやテレビなどの影響もあると思います。早期教育に追われ、友だちと自由にあそぶ時間も少なくなってきていることもあると思います。こんな時代であるからこそ子育ての場である、保育所や幼稚園、家庭でファンタジーや想像力を育むことに重点が置かれた取り組みが必要です。

 どの子にも備わっているファンタジー、想像力。この力を萎えさせないためにはどうすればいいのでしょう。

 タインさんは、「子どもが遊んでいるときに大人が子どもに話しかけないこと、説明をしないことです。」といいます。そのことがファンタジーの力を取り戻すことになるのですと。シュタイナー幼稚園では自由あそびの時間は、先生は子どもと一緒に遊びません。ひたすら手仕事をします。また、テレビをできるだけ見せないこと、生活体験を豊にすること、そして、ファンタジーや想像力を育むおもちゃを用意することなどでしょうか。

(おもちゃについて)
 シュタイナー幼稚園では、自然の素材でできた素朴なおもちゃを使っています。人工的なものはほとんどありません。ほとんどが手作りです。

具体的には
 手作りの素朴な人形、人形のベッド、乳母車、毛布、色の布(コットン、絹、ガーゼ、綿)、あみぐるみの動物、フリースの羊毛、背もたれのない椅子、かご、木のスプーン、お皿、おわん、ドールハウス、四角でない色々な形の木の積み木、貝殻、木の実、種、板、紐、たくさんのパペット人形など。

 実習で体験した事ですが、この中で人気のあるおもちゃは、様々な木の実と天然素材の大小の布、紐でした。これらを使ってあそばない日は一度もありませんでした。完成された人工的なおもちゃはそのときは喜びますがすぐに飽きてしまいます。しかし、これらのおもちゃは毎日色々なものに変化し想像力を駆り立ててくれます。

あそびの本質は
楽しみであり自発的です。
 あそびと仕事はどう違うのでしょうか?仕事とは外から来たもので何かをします。それをするようにと指示がありタイムリミットがあります。あそびは責任がありません。それをしようと思わせるものは内にあります。それをするのはしたいからです。あそびは自発的です。
タインさんは、適切なあそびは内面にやりたいという気持ちを持たせることだといわれます。

そして、創造的で独創的です。
 あそびの本質は自由です。ここはキッチンのコーナーだからここで遊びなさい。今日はこれであそびなさい。すでに出来上がっているおもちゃを与えます。これでは自由に選択してあそぶことができません。すでに決められているのでこれは遊びとはいえません。ただの羊毛だと、たまねぎ、ほうれん草、にんじんと何にでも変えられます。
あそびは様々なものに変容することができる創造的で独創的なものです。

 子どもと関わる大人がこのあそびの本質を見失わないように環境を用意し見守る事ができれば、子どもたちの中に豊な想像力が育まれていくのではないでしょうか。

3、感覚を育てる。
 感覚を育てることによって、感情を豊に育て、人と人との関係を学びます。感覚を育てるためには環境に注意を払う必要があることを学びました。

外の環境
 陽気で幸せな雰囲気があること。草や木、花があること。種を植えてそれが成長していくのを見ることも大切です。砂場では水と一緒に遊びます。土、水、火(焚き火をしたり焼き芋をしたり)、空気(凧揚げや落下傘、紙飛行機あそびなど)、これらに関わるあそびをすること。動物がいることもいいです。

室内での環境
 タインさんは、一番必要なものは暖かさだといわれます。
物質的な暖かさは、冬にはストーブで部屋を暖めます。
心の温かさは、色で作ります。
あそびに使われる色は 赤、青、黄色、オレンジ、緑、紫です。
部屋のカーテンなどの色は、ピンク、薄赤紫(これは子どもの誕生の色)、水色です。
壁には子どもの絵は飾りません。できるだけ簡素な部屋に保ちます。鏡は子どもにはよくないそうです。自意識を高めるからだそうです。自然の素材でできたシンプルで未完成なおもちゃを用意します。先生の服装も暗い色ではなく無地で暖かい色の服を着ます。


シュタイナー幼稚園の構成されたあそび
 シュタイナー幼稚園では、自由あそびをとても大切にされていますが、構成されたあそびもとても重要です。

(モーニングサークル)
 サークルタイムともいい、ライゲン(輪になって踊る)をします・

モーニングサークルの目的は
1、子どもの精神が身体に宿ることを助けます。
 ライゲンの動きを通して、子どもそれぞれのどんな動きが難しいかを観察します。くるくる回るのができなかったり、スキップができなかったり、平衡感覚はどうか、先生の真似ができているか、人にぶつかってばかりいるか、転びやすいか、子供同士の関係はどうかなどを観察します。そして、観察したことに対して働きかけます。
2、触覚、運動感覚、平衡感覚の発達を助けます。
3、動きの発達をうながします。
  飛び跳ねたり、ハイハイしたり、スキップしたり、転がったりという動きを取り入れて運動の発達を助けます。
4、あそびに役立つような動き、歌を取り入れます。
5、伝統的なあそび、文化の中で忘れられるような動きやあそびを取り入れます。
6、呼吸を整えます。
  対極となるものを取り入れます。たとえば、開いて閉じる。風が吹く(動く)風がやむ(止まる)、指あそび(小さい動き)体全体を使う(大きい動き)、内と外など。
  タインさんは、対極になるものは調和を促し癒しとなります。道徳性にも結びつくといわれます。
7、繰り返しのある韻のある詩や言葉を使います。それらは意志を強めます。

モーニングサークルの内容
1、テーマが必要です。細かな内容ではなく一定のテーマがあること。
2、自然界のもの、季節が感じられるものをします。
3、詩や歌を取り入れます。
4、時間は10分~20分ぐらいです。年齢や状況によって決めます。
5、毎日同じものを繰り返します。1ヶ月は続けます。年齢が高くなると2週間くらい。
6、繰り返しの出てくるお話や詩を取り入れます。
7、ライゲンをするときはやり方を教えません。子どもが真似ることに任せます。

 ライゲンは、それぞれの先生がこれらのことを踏まえて自分で作るのだそうです。他の先生が作ったライゲンをお手本にすることはできますが、子どもたちの様子や状況に合わせてふさわしいものを工夫することが教師に求められます。

(水彩画)
 水彩画は色を楽しむものです。出来上がりや、形にとらわれません。

1、 絵の具は透明な植物でできたものを使います。色は、カーマインレッド、ウルトラマンブルー、レモンイエローの3原色です。

2、全員で机に座らせて一斉に行うのではなく4,5人で行います。描き終わったら次の子と交代します。

3、用意するもの
  色を入れるビン、筆を洗うビン(透明なビンを使うと、色が変わる様子を見ることができます)、平筆(長くないもの)、雑巾、紙(良質のもので角を丸く切ります。角があると知的なものになっていくとのことです。)、紙をつけておくトレー(15分ぐらい付けておきます。)、画板(角を丸くします。)キャビネット、エプロン。
4、筆の持ち方は先生が見本を示します。説明するのではなく子どもの手を添えて調度いい高さに持つように促します。
5、週に1度水彩画をします。水彩画は心の調和をもたらすそうです。月曜日に子どもたちはハイパーになっているので月曜日に取り組んでいるところもあるとのことです。

(クレヨンを使ったお絵かき)
 クレヨン画は成長のドキュメントです。その子の成長を見ることができます。子どもの絵をためて学年の終わりに持って帰らせます。

1、ブロッククレヨンがよく使われています。スチックのクレヨンでもいいですが太いものを使います。
2、色は虹の七色を使います。
3、紙はコピー用紙でもいいです。その場合角を取って丸くします。
4、絵を描く場合、指示を与えません。自由に描かせます。
5、描いたものに畏敬の念を持たせるため、折り曲げたり、切ったり、破いたりさせません。
6、1回に一枚だけ描かせます。何枚も描かせると、なおざりな描き方になります。


(みつろう粘土)
 みつろうは太陽の光を浴びて暖かいものなので、セラピーの要素があります。

 1、色が混ざってしまうので、一度に1色だけ使います。色が混ざって汚くなったものは処分し   ます。
 2、虹の七色を使います。
 3、何を作るか指示しません。
 4、冬は硬くなるので、手の暖かさの水をグラスに入れてみつろうを温めます。
 5、みつろうを渡すときは、とても大切なものを渡すように丁寧に扱います。
 

 その他、毎日語られるお話や人形劇、お祈り、歌や指あそび、楽器、オイリュトミー、手仕事などは次の機会にお知らせできればと思います。

シュタイナー幼稚園の理念は
1、保育施設は家庭の延長であること。
2、愛にあふれた暖かい環境を作ること。
3、先生は子もが真似をするにふさわしい見本となること。そして子どもたちの導き手であるこ   と。
4、あそびの中で子どもたちは学ぶということです。

 シュタイナー幼稚園ではこれらのことが徹底して保育現場で実践されていました。保育理念を実際の保育現場で行うための方法が明確に指し示されていることにも感心させられました。
[PR]
by higuchi1108 | 2008-01-07 17:18 | 幼児教育講座

幼児教育の課題

                ひびきの村 サマープログラム
                    幼児教育レポート

 8月1日~8月5日まで幼児教育についての講座がありました。講師の先生は、シュタイナー教育を取り入れている嶺町幼稚園園長手塚映子氏です。手塚先生はソフトな声、優しいまなざし、しなやかな身のこなし、どれをとっても体全体から幼児教育者としての気品が感じられるすばらしい先生でした。
私は、6月から1ヶ月間、東京のシュタイナー幼稚園で実習させていただきました。そのときの様子も交えながら講座の内容をお伝えしたいと思います。

幼児期の課題とは何?
1,しなやかな身体を形成する。
2、感覚を大切にする。
3、意志を育てる。
 シュタイナーは,0歳~7歳までの子どもには、この3つが大切なことだと述べています。

1、しなやかな身体を形成するとは?
  医療と教育を結ぶ「シュタイナー教育」(ミヒャエラ・グレックラ-著)の本によると、生まれたばかりの赤ちゃんは、体重がおよそ3kg、身長50cmほどです。7歳までに体重が20kg増加し、身長は50cmから78㎝伸びます。この増加を最大の増加100%とすると7歳~14歳までが50%、14歳~21歳は3分の1になるそうです。このことからも0歳~7歳の間の成長力がもっとも活発な時期であることが分かります。グレックラー氏は、身長・体重だけではなく、どの感覚器官もよりよく形成されるように促されるのは最初の7年間だけだと述べています。この成長力を担っているのがエーテル体(生命体)といわれるものですが、幼児期に知的な早期教育を行うとこの生命力が記憶する方に使われてしまい身体を形成する力が弱まるのだそうです。
すこやかな体を作ることはのちのち豊かな感情や自我が形成されるための土台となるものです。

 では、しなやかな身体を形成するためにはどのような働きかけが必要なのでしょう。体を作るためには、何か体操やスポーツをやらせるといいのではと思ってしまいますが、そうではなくリズムのある生活がしなやかな身体を形成するのにとても大切なのだそうです。
 
(リズムのある生活)
 リズムのある生活といっても、メトロノームのように規則的なものではなく、もっとゆったりとした有機的なリズムのことをいいます。一日の生活の流れがいつも大体同じような時間で流れることです。こんな当たり前のことが最近では出来なくなってきているのが現状です。

 たとえば、お父さんが夜遅く帰ってきました。夜寝るのが遅くなってしまいました。次の日は、正午まで寝てしまいました。するとまた夜は遅くまで起きてしまいます。こんな日もたまにならいいけれど、寝る時間と起きる時間がその日によっていつも違っていたらどうでしょう。大人でもこんな生活が続いたら体調を崩してしまいます。嶺町幼稚園でも私が実習させていただいた園でも生活のリズムはとても大切にされています。毎日毎日同じ時間に同じことが繰り返されます。一週間の流れ、一年の流れも毎週、毎年同じことが繰り返されます。この繰り返しが子どもの心に安心を生み健やかな身体の形成を促すのです。手塚先生は、生活の流れも呼吸のように、吸う(収縮)、吐く(拡散)がリズミカルに交互に行われることが大切だといわれます。ずっーと外遊びばかり、あるいはずっーと部屋でのあそびばかりだと子どもは疲れてしまいます。

幼稚園での一日の生活はどのように行われているのでしょう。

9時~9時15分   登園 室内での自由遊び・・・・・・・拡散(吐く)

10時20分     片付け
10時40分     朝のサークル、ライゲン・・・・・・・吸う(収縮)         
11時        外遊び・・・・・・・・・・・・・・・拡散(吐く)

12時        素話、人形劇・・・・・・・・・・・・吸う(収縮)

12時20分     お弁当・・・・・・・・・・・・・・・拡散(吐く)
            お絵かき、粘土、あやとりなど
13時        帰りのサークル・・・・・・・・・・・吸う(収縮)

13時30分     降園・・・・・・・・・・・・・・・・拡散(吐く)

 
一週間の流れ
 月曜日  水彩画(ぬらし絵)
 火曜日  パン作り
 水曜日  オイリュトミー
 木曜日  おやつ作り
 金曜日  掃除
 
 曜日によっても取り組みが決められています。曜日によってすることが決まっていると、指示をしなくても次に何をするのかが分かり主体的に動くことが出来ます。シュタイナー幼稚園の先生は指示や命令が本当に少ないです。次に違う行動に移るときには指示や命令の代わりに歌をうたいます。食事をするとき、お片づけのとき、手をつなぐときなどいつも同じ歌です。私が保育者をしていたときは、いつも「次はこうして、あーして、こうするのよ。」とたえず言っていたように思います。常に何か新しい体験を子どもにさせることがよいと思っていたので、私も子どもたちも本当に落ち着きませんでした。子どもにとっては毎日同じことをしていても新しい発見があり、決して昨日と今日とでは同じではないのです。

 一年の行事も毎年決められています。
世界中の国々で、宇宙のリズム、主に太陽と月のリズムがお祭りとして祝われてきました。夏至や冬至、春分や秋分などです。嶺町幼稚園では日本のお祭りを大切にしているのだそうです。部屋には季節のテーブルが飾られ、季節を子どもたちが感じられるようにしています。

4月 
4月は入園式があります。テーブルには花やちょうを飾ります。おやつによもぎクッキーを  作ります。
5月 
テーブルには若葉、小鳥、ショウブを飾ります。おやつに柏餅を作ります。
6月 
テーブルにはアジサイ、カタツムリを飾ります。年長児は木で船を作ります。おやつに梅    ジュースを作ります。
7月 
テーブルには貝や魚を飾ります。行事では、夕涼み会をします。おやつにトウモロコシを    焼いて食べます。
9月 
テーブルには虫やすずきをかざります。おやつにみたらし団子を食べます。
10月 
テーブルには収穫を祝う果物や野菜をかざります。遠足になし狩りや芋ほりに行きま      す。おやつに焼き芋をします。
11月 
テーブルには落ち葉や冬眠する動物たちを飾ります。取り組みとしてローソク作りをしま     す。
12月 
テーブルには星やもみの木を飾ります。クリスマスのお祝いをします。
1月 
テーブルには松や雪を飾ります。行事としてお餅つきをします。
2月 
テーブルにはひいらぎを飾り節分の豆を食べます。
3月 
テーブルには小さな花や木の芽を飾ります。桃の節句にはあられを食べます。行事は卒    園式があります。

 シュタイナー幼稚園では、発表会や運動会という行事がありません。親に何かをして見せるために練習するというのは幼児期の子どもにとって、ふさわしくないと考えられているからです。今、多くの幼稚園や保育園では親に見せる行事のために生活のリズムをどんなに犠牲にしていることか。それらの行事のために、子どもたちも保育者もたくさんのストレスをためている現実をなんとか改善したいものです。そのためには、保護者の方の理解が何より必要です。

2幼児の感覚を大切にするとは?
 感覚は私たちに世界を知ること、自分を知ること、他者を知ることを教えてくれる大切なものです。
 しかし治癒教育家のバーバラ・ボールドウィン氏は、現代人はすべての人が感覚の退化に苦しんでいるといいます。近代的な生活のありようが感覚の退化を引き起こしているというのです。現代では、感覚を意識して育てようとしないと育たないといわれるのです。
また、バーバラ氏は感覚を癒すことも大切なことだといいます。今は本当に刺激が強すぎす。町に出れば派手な宣伝の看板や騒音に出会います。刺激の強い匂いや食べ物もあふれています。乳幼児の子どもたちの感覚は本来全開しています。周りにあるものはすべて良いものとして受け入れます。けれどもあまりにも刺激的なものに囲まれていると感覚の扉を閉じてしまうのだそうです。大人でも大きな音や刺激のきつい匂いなどが押し寄せてくると思わず鼻をつまんだり耳を覆いたくなります。
 

 特に0歳~7歳までは触覚、生命感覚、運動感覚、平衡感覚が育つ時期です。これらの4つの感覚は、自分を知る感覚や他者を理解する感覚の土台になるものです。私は今まで保育者として感覚を育てるという意識がほとんどありませんでした。今、人との関係がうまくいかなくて苦しんでいる人たちが大勢いることを見ても、基本となる4つの感覚を育てることの重要性を痛感しています。

 では、感覚を育てるためにはどのような配慮が必要なのでしょう。感覚を育てるのだといって早くから絵を習わしたり、ピアノを習わすような情緒教育、あるいは早期教育がいいのでしょうか?そうではなく、シュタイナーは子どもを取り巻く環境に配慮することだと述べています。

(環境への配慮)
 環境への配慮として、現在では刺激の強いものから守ってあげることが何よりも求められます。
静けさ、やわらかさ、暖かさがあるともっと聞きたい、もっと触りたい、もっと食べたいと主体的な感覚が育ちます。手塚先生は、能動的な感覚を育てると社会の中で主体的に生きることにつながります。積極的な感覚は感情の豊かさにもつながりますといわれます。
小さな声で話をすると、「えっ」と耳をそばたてます。シュタイナー幼稚園の先生の声はとても小さな声です。高いすんだ声で歌います。そんな時、子どもたちの中に静けさが広がります。手塚先生は、目にするもの、口にするものも静けさが必要だといいます。

 シュタイナー幼稚園の環境への配慮は本当にすばらしいものがありました。建物は立派でも豪華でもないのです。むしろ古い民家を改築して使っているところがほとんどです。
そんなに広くない庭は、様々な木や草や花が植えられています。部屋に入ると、窓辺には薄いピンクのカーテンがかかっています。季節のテーブルには必ず季節の草花が飾ってありました。机や棚、いすなどの家具はすべて木製です。

シュタイナー幼稚園の庭や部屋の様子
a0071985_2126142.jpg

a0071985_21262766.jpg

おもちゃはほとんど手作りで自然のものを使っています。プラスチックのものは全くありません。ほっとするもの、やわらかく、すべすべするものなど、シンプルで本物の質感のあるおもちゃを使っています。自然の木の実や貝殻などもおもちゃとして使われています。それらのおもちゃが籐の籠にきれいに入れられて棚に並べられています。部屋での自由遊びの時には、それらのおもちゃが部屋中で遊びの道具になります。
a0071985_21265363.jpg

a0071985_21271899.jpg

a0071985_21274169.jpg

お片づけになるとちらばっていたおもちゃが元の通りにきれいに片付きます。毎日同じように同じ場所に片付けるので、どこに何をどのように片付けるのか子どもたちはよく知っています。きれいに片付けることも遊びの一つとして喜びをもってしていました。見事に秩序のある整理整頓の力が身についていて感心してしまいました。
お片づけで悩みのないお母さんは少ないのではないでしょうか。私もその一人でした。「片付けなさい」といつも声を張り上げていたことを思い出します。子どもが片付けないのは片付け方に原因があったのですね。大きなおもちゃ箱に全部放り込むような片付け方では、秩序のある整理整頓は出来ません。おもちゃを片付けるには棚が必要です。その棚へいつも同じところに同じものを片付けるのです。子どもたちは以外に細かいものを分類するのが好きです。
けれども、何よりも大人が楽しそうに片付ける姿を見せること。これが一番喜んで片付ける秘訣だと思います。私は、「自分で使ったのだから、自分で片付けなさい。」とガミガミ言っているだけだったことをいまさら反省します。

楽器も配慮されています。大きな音の出る楽器はありません。ピアノもありません。とても小さなきれいな音の出る、鉄琴やキンダーハープ、鈴などが使われています。それらの音が響くと部屋中が静けさに包まれます。

昼食やおやつも配慮がなされています。週に2日給食がありました。メニューは玄米ご飯と野菜いっぱいの味噌汁、手作りパンとスープです。材料は出来るだけ有機野菜を使いパンも天然酵母で作ります。子どもたちが部屋であそんでいる傍らで助手の先生が作ります。数人の子どもは、野菜を切ったり、パンをこねたりして手伝います。中でもパン作りはとても人気です。いろんな形のパンを作り焼いてもらいます。メニューはずっと同じです。シンプルで素朴な給食ですが、子どもたちはおかわりをしてたくさん食べていました。私は豪華に見えないけれどむしろとても贅沢な食事に思えました。

先生の着る服も配慮がされています。派手な柄の服は着ません。たいてい無地でやわらかい色の服を着ておられました。子どもたちのかばんやお箸セットなど持ちものもアニメーションのついたものは避けてもらうようにしているようでした。照明も蛍光灯ではなく電球をつかい、和紙で覆いがしてありました。ですから、部屋の中全体が落ち着いた雰囲気に包まれていました。

 子どもたちが遊んでいる部屋で給食やおやつを作るのでとてもいい匂いが部屋中に漂ってきます。お祈りの前には子どもたちはいい匂いのするオイルを手につけてもらいます。これも楽しみの一つになっています。

見るもの、触るもの、聞こえるもの、味わうもの、匂うものすべてに最善の配慮がなされていました。

 3、意志を育てるとは?
 意志とはどういうものなのでしょう。
辞書でしらべてみると、理性による思慮・選択を決心して実行する能力とあります。
シュタイナー教育講座「教育の基礎としての一般人間学」という本の中に意志とはどういうものなのかが書かれてありました。

 はじめに、「本能」が意志として存在しているというのです。エーテル体(生命体)がこの本能を支配すると意志が「衝動」になります。感覚体が衝動に影響を及ぼすと「欲望」になるのだそうです。この 本能→衝動→欲望 までは動物の場合にも現れます。

「本能」「衝動」「欲望」が自我と結びつくと「動機」となります。動物は欲望を持つことがあっても「動機」を持つことはありません。動物には自我がないのですから。シュタイナーは人間においてこそ、欲望が本来の「意志の動機」になると述べています。私たちが動機を持ったときその意志の中に低く響いてくるもの「願望」が現れます。こうなりたいと望み行った行為がうまくできなかった場合には、「次の時にはこういうふうにしよう。」という目的、「意図」が生まれます。そして「やるんだ」という「決断」にいたります。
 意志というのは、本能→衝動→欲望→動機→願望→意図→決断 と変容していくのです。

 意志を育てるということは、本能を克服し自分の人生に目的を持って行動できる人間を育てることにつながるのですね。

 また、意志というのは共感に基づいているというのです。共感が強くなるとその共感から想像力=ファンタジーが生まれます。この想像力をもっと強く働かせると形象作用(形として表に表れる)が生じます。この形象作用によってビジョンを得るのだそうです。

 意志→共感→想像力→形象作用→ビジョン

 意志は想像力を生み、私たちの人生の未来像、展望を指し示してくれる能力に変容するのですね。これは未来へ歩んでいく力です。

 感情の中には反感もあります。反感が強まると記憶が生じます。シュタイナーは記憶というのは反感の所産以外のものではないといいます。確かに私たちは大きな共感の中にいるときにはそれが記憶に残ることは少ないですが、何かいやなことがあったり、いやなことを言われたりするとはっきりと記憶に残ります。記憶の像が固定すると概念が生じるのだそうです。

 認識→反感→記憶→概念

 この過程は過去へつながるものだといわれます。ですから、幼児期に知識を詰め込むようなことをすると未来へ向けた意志が育たず、過去のものへと子どもを結びつけることになるのですね。

 では意志を育てるのはどのようにすればいいのでしょう?

 (遊びと生活)
 意志は子どもの遊びや生活の中で育くまれます。
その場合、「共感」がキーポイントです。意志は共感の中から生まれるのです。子どもたちの遊びや生活が共感の中にあることが大切です。共感の中にいると子どもはそれらのすべてを遊びの中で模倣します。お父さんが喜んでお料理をしているとそれを見て「僕もやりたいなー」と思い真似をします。ところが、お父さんがいやいや料理をさせられていた場合、楽しそうでないお父さんの姿は真似しようとはしません。お父さんの姿は共感できないからです。
子どもは遊びの中で生活を通して共感した様々な出来事を鏡のように写しだします。それがあそびとなるのです。もし、生活の中で共感できるようなことがないとしたら遊べない子どもになります。

 子どもの遊びが発展していく様子を見てみますと意志が本能から決断に変容していく様子が手に取るように分かります。

 生まれたばかりの赤ちゃんは、「本能」のまま、ただ手足をばたばた動かしているだけです。
いつの日か視線がある物をとらえます。「あ、触ってみたいなあー」という「衝動」が生まれます。触りたいという意志が寝返りを促し、はいはいを促していきます。
自由に触りたい物が触れるようになると、次から次へといろんな物を触りまくります。触りたいものは次から次へと現れて「欲望」となります。もう部屋中をちらかして、お母さんの大変な時期が始まります。

 2、3歳ごろになると自我が芽生え「動機」が生まれます。物を何かに見立てて遊ぶようになるのです。木切れを見て携帯電話に見立てたり、木の実をごばんに見立てたりして遊びます。物が動機(きっかけ)となって、遊びがより発展していきます。
 5歳ぐらいになると遊びのイメージが出来てきて「お店屋さんごっこしよう」と、自分がイメージした遊びをしたいと「願望」するようになります。
お店屋さんごっこをするためにはお店で売る物がいるし、売るものを並べる棚もいるというふうに、お店やさんごっこに必要なものを探します。こういうお店を作ろうという目的「意図」が生まれます。
必要な物も整った。お店屋さんのイメージも出来た。友だちを呼んできて「さーお店やさんごっこをしよう。」という「決断」を生むのです。

 このようなあそびの積み重ねが意志を育てていくのです。今はあそびですが、この意志は将来自分自身の人生のビジョンを見出しそれに向かって歩んでいく土台となるのです。子どもの遊びは意志を育てるためにとても大切なものなのですね。

 では、子どもの遊びを豊かにするにはどのような配慮が必要なのでしょう?

 シュタイナーは、真似をしたいと思う大人が必要だといいます。高橋弘子氏(みふじ幼稚園元園長)は現代において人が育たないのはまず、模倣すべき大人が身近にいないからだと述べておられます。子どもにとって理想的な環境はできるだけ家庭に近い状態に身をおくこと。その中で先生は子どもが遊んでいるかたわらで仕事をします。部屋では様々な手仕事や料理など、外遊びのときは庭の手入れなどをします。子どもたちは先生の仕事を見て刺激をうけそれが遊びへと発展していくのです。

 シュタイナー幼稚園の先生は子どもと一緒に遊びません。というより子どもの遊びを邪魔しません。想像力を高めるような自然素材の素朴なおもちゃがありその中で模倣したくなるお手本を示してくれる大人がいること。この二つが子どもたちの遊びを豊かに育んでいくのです。

 私は今まで大人から「あーしなさい。こうするのよ。」と言われて行動できる子どもではなく、 自分から行動できる主体的な子どもに育って欲しいと願って保育をしてきました。しかし、想像力を育てるおもちゃもお手本もなく「勝手に好きに遊びなさい。」と言っていただけでした。それはまさに放任でしかなかったのだと改めて思います。


 幼児期の課題とは、第一には、しなやかな身体を形成すること。それにはリズムのある生活と繰り返しが大切であること。
 第二には、感覚を大事にすること。それには環境に配慮することです。特に刺激の強いものから守ってあげることが必要です。
 第三に、意志を育てること。これは想像力を育むような素朴な自然素材のおもちゃと大人の良いお手本が必要であることを学びました。

 よくよく考えてみるとこれらのことは一昔前には当たり前に日常にあったものばかりです。私たちは便利な生活を手に入れた代わりにこれらの大切なものを失ってしまったのですね。子どもの成長は一足飛びにはいかないのです。昔から人間が営んできたことを丁寧に繰り返すことによって子どもは育っていくのだと思います。

 シュタイナーは子どもの年齢に即した、その年齢にふさわしい教育の仕方を指し示してくれました。
 シュタイナー幼稚園ではシュタイナーが示してくれた教育の実践が行われています。私は東京で実習させていただいてとても質の高い保育だと思いました。しかし、質の高い保育を実践しようと努力されているにもかかわらず運営的にはとても大変な様子も伺えました。シュタイナー幼稚園を始めようとすると無認可になり国からの助成金が無いのです。運営費を得るための努力が大変です。そこで働く教師の報酬も本当に少ないのです。そんな中でも使命感を持って働いておられる先生方に頭が下がります。私もひびきの村で学んだことを活かせるような保育の場を作りたいと思っているのですが、大きな課題を乗り切っていく覚悟が必要だと改めて思いました。


 手塚先生は最後に「子育てを通して大人も成長していくのです。」と述べておられました。「0歳~7歳の子どもの子育てでは、大人の意志の力も引き出してくれます。7歳~14歳までの子どもの子育てでは感情の力、14歳~21歳までの子育てでは思考の力を引き出してくれるのです。子育てが終わったときには子どもと共にダブルで大人も成長できるのですよ。」とおっしゃっていました。
 この言葉は、様々な子どもと出会い対応に悩んでいる保育者や、我が子の子育てで悩んでいるお母さんにとって本当に勇気付けられる言葉でした。子どもと共に生活しているから自分も成長できるのです。ありがたいことですね。
[PR]
by higuchi1108 | 2007-08-31 20:59 | 幼児教育講座