カテゴリ:オイリュ-ミーとは?( 1 )

オイリュトミーにはどんな意味があるの?

 最初の2週間の授業は、ヘルガ・マイケルズ氏のオイリュトミーです。オイリュトミーは、ルドルフ・シュタイナーが創造した新しい運動芸術です。オイリュトミーという言葉には「美しいリズム」という意味があり、子どもの形成力を高める運動芸術とも言われています。

 オイリュトミーには、ただ音楽に合わせて体を動かすダンスとは違い何かもっと深い意味があるのだろうと考えていたので、その意味が少しでも分かればという思いで授業に臨みました。
 
私は長い間、保育園で子どもの保育に携わってきました。子どもたちにとっても音楽にあわせて体を動かしたり、リズムを感じたりすることはとても大切なことだろうという思いがありました。でも実際に行ってきたものは、テレビで流行っている体操のお兄さんのCDをかけて踊ったり、CDの曲に合わせて適当に振り付けて子どもたちにさせたりしているだけでした。子どもたちが楽しくしていればそれでよしと考えていました。

 でも、人間は文明生活が始まって以来、音楽やダンスを必要とする共同生活を送ってきたのです。共同体の大切な節々の行事の中で、音楽に合わせてダンスが行われてきました。ダンスは、日ごろの生活の中で培われた感情を表現し、言葉で表せない意志を表現し、共同体と個人が一緒に繁栄するように願う知性の表現であったと思います。それなのに、芸術性はほとんど感じられない子ども用に作られたCDに頼り、ただ楽しければそれでよいというのでは、あまりにもお粗末だったように思います。では、子どもたちにどんな体験をさせればいいのか。その答えがオイリュトミーを学ぶことによって見出せるのではないかと思っています。

 ヘルガ氏は、ジーンズ姿でさっそうと現れました。聞いてみたところ64歳とのこと。とても64歳には見えない若々しさと明るい声、やさしさが体中からあふれ出ているという印象を受けました。
 
 「さあー皆さん、ピアノの曲に合わせて自由に踊りましょう。はい、ワン ツー スリー フォー。ワン ツー スリー フォー。」聞こえてきた音楽は何とジャズ。受講生はあっという間にとても楽しい気分になりました。オイリュトミストは絹のドレスを身にまとい、風にベールをなびかせて授業を行うものと思っていたのでびっくりしてしまいました。ヘルガ氏は、正統派の人たちから異端者のように見られているとのこと。きっとこのような自由な授業をされているからなのでしょう。

 オイリュトミーの授業は、1時間目が終わった後、大村祐子さんのインナーワークがあります。祐子さんはこのひびきの村の代表をされている方です。そこで、今受けた授業で、「したこと」「感じたこと」「考えたこと」をそれぞれみんな紙に書き発表し合います。

 最初の日、みんな輪になってボールを投げ合うというゲームのようなことをしました。自分のところにボールが来たら、まず投げる相手を決めてその人の名前を言って投げるというものです。大村祐子さんから「このゲームの中で、どんなことを考え、どんなことを感じ、どんなことをしましたか?」という質問を受けました。みんなそれぞれ意見を述べた後、「そうですね。まずボールを投げる相手を決めるとき、誰に投げようかと考えますね。思考が働いているのです。次に相手がボール受け止めやすいように投げようと思うのは感情の部分です。それから投げる、これは意志の部分です。人間は何か行動をするとき、必ずこの3つの部分を使います。考えたこと、感じたこと、したことはその時々でどれかが多かったり少なかったりするけれど、その3つの力を一つ一つ大切に育てること、バランスよく成長させることは人間にとって大きな課題です。それと同時に、何を考え、何を感じ、何をしようとしているか、一つ一つ認識することがとても大切なんですよ。シュタイナーは認識が力になると言っています。」と言われました。

 「そうか、オイリュトミーをすることは、思考、感情、意志をバランスよく育てることにつながるのか。」
何か事を成そうとしたとき、考えばかりでは事を起こせないし、十分に考えないで行動すれば失敗してしまうし、熱い思いだけでは八方ふさがり。3つのバランス、大切ですよね。子どもの場合は、小さいときからオイリュトミーに親しむことによって自然にこの3つがバランスよく育てることにつながるのでしょうか。大人の場合はオイリュトミーをすることによって、この3つを認識することの助けになるのでしょうか。確かに何かをするとき、考えばかりが先走っているとか、感情に振り回されているとか、十分考えもしないで軽率な行動をしてしまったとか、自分でそれらのことを認識することができればどんなに生きやすくなることか。本当に「認識が力になる。」です。

 楽しいジャズの次には、重々しいバッハの曲に変わります。「しっかり大地に足をつけてバランスをとって下さい。ワンで足を踏み込んで、ツー、スリー、フォーでバランスを取りますよ。“私がしっかり大地に立っている”という感じです。」とヘルガさん。

 今度は、色とりどりのきれいなシルクの布を一つずつ手に持って、優雅なピアノの曲に合わせてシルクの布を振ります。一拍目で大きく布を振り上げてゆっくり下ろします。次は、自分の体の回りや頭の後ろなどにも布を振ります。
「自分の周りの空気の動きを布の形から感じてください。水の流れは見えますが、空気の動きは目には見えません。このようにすると布を通して見えるようになるんですよ。人が動くと空気もこのように動くのです。」とヘルガさん。
振り上げるとき、力が入りすぎると布は重なり合ってひどい形になります。また、振り上げるときの呼吸が合わないとうまくいきません。呼吸を整えて、ゆったりと振り上げると、フアーと布が広がり、いろいろな形を作りながら下りてきます。うーん。なるほどなるほど。何事も力みすぎるとうまくいかないものなのだ。私が緊張して固くなったり、怒りに心を震わせていたり、イライラしていたり、力が入りすぎていたら、私の周りの空気もきっとこのようにひどい状態になっているのでしょうか。呼吸もそんなときには乱れているのでしょう。小さな子どもは、意味は分からなくても周りの空気を敏感に感じます。大人のイライラはすぐに子どもに伝わり、子どもを不安定にさせます。いつもゆったりと優雅に美しい空気を周りに作りたいものです。それには、呼吸を整えることに秘密があるようです。精神が不安定になってきたら、大きく息を吸って、吐いて。深呼吸ですね。

 ジャズの曲やバッハの曲は、次の日からは、動いたり止まったり、誰かと肩や背中を合わせたり、握手をしたりと変化していきます。
これらの体験を通して、人と人との関係のことを考えさせられました。私というものがしっかりと大地に立っている。そこは誰にも侵されない私だけの空間。それがあって、人と人とが出会い、肩を寄せ合い、握手を交わし触れ合うことができるのだと。人との関係は、夫婦であったり、親子であったり、友達であったり、恋人であったりするのですが、お互いに適切な距離を持つことができず傷つけあう関係になることがよくあります。しっかりと「私」を持つ。難しいけれど大切なことなんですね。

 3時間目の授業は、「言葉を体の動きで表現する。」というものです。ただ音楽に合わせて体を動かすだけのダンスと違うところはここです。でも、ヘルガさんの動きを真似ることはできるのですが、「言葉を体で表現する。」ということの意味がわかりません。言葉には、母音と子音があり一つ一つの語に型が決まっているようなのです。それを組み合わせて言葉を体で表現するのです。
「お(O)」という語は、大きく両腕を広げて胸の前で丸い形を作ります。
「小さなOは手で丸い形を作ります。大きなOは皆で輪を作り、肩を抱き合って作ります。いろんなOができますね。」ここでも基本的な型にこだわらないヘルガさんの自由な発想が伺えます。
「一つ一つの語には、その語の持つ響きから何かを汲み取ることができます。“あ”という言葉はどんなときに使いますか?」とヘルガさん。「 あーあ とため息をつくとき」「 あー と感激するとき」「 あっ と驚くとき」。考えてみれば、いろいろな時に「あ」という言葉が出てきます。「母音というのは感情を表している言葉なんですね。その“あ”のもつ感情を表すように動くのです。」と。うーん難しい!そして、子音の一つ一つにも意味があるようなのです。ヘルガさんは、“一つ一つの語が物語をもっている”と言われます。

 今回の授業を通して私が感じ思ったことは、オイリュトミーは伝統的な舞踊、たとえばバレーなどは、熟練した高度な技能を必要としますが、ダンスが本来持っている、心と体のバランスを維持すること、知性や感情や意志を言葉以外で表現すること、古い自分を見つめなおし新しい自分を発見すること、古い考えや因習を逃れ、新しい自分の形成に進むこと、共同体に支配されない独立した個人が自分を表現することなどを目指しているのではないかと思います。

 ヘルガさんは「オイリットミーは、生命の力で体が動くことを感じるためにする。」と言われましたが、たった2週間の授業ではとてもとても。「10年早い」と言われそうです。でも、ヘルガさんの動きを見ていると、64歳とは到底思えない身のこなしです。まさに「生命の力」が働いているようです。オイリュトミスとの高久真弓さんが本に書いておられましたが、オイリュトミーには、芸術オイリュトミー、治癒オイリュトミー、教育オイリュトミーの3つに分けられているのだそうです。本当に奥が深いものなんですね。

 今回の授業では、その1ページを開いてもらったように思います。芸術という言葉がつくと、何の才もない私には取り組めそうもないものと思っていたのですが、ドタバタとぎこちない動きの私でも楽しむことができ本当にすばらしい体験でした。英語はよく分らないのですが、私のような動きのドンくさい人間が含まれていたにも関わらず、ヘルガさんから「グット」「ビューティフル」という言葉がたくさん聞かれました。きっとたくさんほめてくださったのでしょう。やさしくすばらしい指導者です。感謝です。
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by higuchi1108 | 2006-06-14 20:47 | オイリュ-ミーとは?