カテゴリ:休日日記( 2 )

アイヌの里を訪ねて

アイヌコタン(村)を訪ねて

 せっかく北海道に来たのだから、1学期の授業が終わり久しぶりの休暇を利用してアイヌの里であるポロトコタンと二風谷を訪ねました。

 ポロトコタンは、静かな湖のほとりにありました。昔、アイヌの人たちが住んでいた住居が再現されていて、その中で伝統的な踊りや歌、楽器(ムックリ)の演奏などが催されていました。歌や踊りは、特定の専門家が作ったり演じられていたのではなく、それぞれの地域や家庭、儀礼の際などに行われていたのだそうです。とても懐かしい心地よい旋律の歌でした。踊りは、手拍子で皆が輪になって踊るもので、このことを通して地域や家族の絆が作られたであろうと思われる楽しいものでした。歌や踊りの多くは、鳥、昆虫、動物など自然の様子を表現しているのだそうです。
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 ムックリはアイヌの代表的な楽器です。長さが10cm、幅が1cmほどの竹で出来ていて、両端のひもを強く引き、舌を波動させることによって音を出します。とても不思議な音で、風の音に聞こえたり、動物の鳴き声に聞こえたり、空気の音に聞こえたりします。その音を聞いていると自然の真只中にいるような気持ちになります。
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ムックリの音の出し方を教えてもらいました。なかなか音がでなくて難しい。

 ポロトコタンには温泉があるのです。「ここの温泉は世界一。お肌ツルツル。」と聞かされていたので、わくわくして訪ねました。行ってみると古い温泉で地域のお年寄りが数名入っていました。驚いたことにここの温泉は、お湯の色が真っ黒なのです。植物が蓄積されお湯に流れ込んでいるのだそうです。もうホカホカのお湯で、しばらくすると汗が体中から吹き出てきました。

 二風谷では、アイヌの文化に少しでも触れてみたいと思い、アイヌ刺繍と木彫りの体験をしました。アイヌ刺繍は、着物の襟や袖口、すそ周りなどから悪い神が入り込まないように文様を刺し、身を守ったといわれています。アイヌ文様の刺繍や木彫りはバランスがとれていてとても美しいものでした。

 さて二風谷は、ダム建設をめぐって裁判が行われたところとして名前を知っていたところです。二風谷は先住少数民族であるアイヌ民族にとっていわば聖地といえる場所であり、アイヌ文化がよく保存されていた場所なのです。

 悠々と流れる沙流川(さる川)にはダムが出来上がっていて、その横の歴史博物館では、ダムが出来たことにより台風の被害を最小限に防ぐことが出来たというビデオが流されていました。
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          二風谷ダム

 かって、この沙流川は鮭が上ってくる川で知られていたところです。その様は、まるで津波のようだったといわれます。川を津波のように押し寄せてくる鮭の群れ。雄大な自然に思いをはせることができます。今はダムによって鮭も上ってくることもできません。

 二風谷地域は、広範囲にわたり水没し、アイヌ民族の文化、歴史などを伝承していくことが困難になったといわれています。そのことを憂い、萱野茂氏が長い年月にわたり大切に集めたアイヌ民具などを展示した資料館がありました。
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        アイヌ民族の住居です。

 アイヌの里で知里幸恵のアイヌ神謡集を買いました。
知里幸恵さんは、アイヌ民族の間で口伝えに語り継がれてきたユーカラ(神謡)をローマ字で音を起こし、それに日本語訳を付けて書かれました。アイヌの文化や言葉が失われていくことを憂い、病気の体を奮い立たせてこの神謡集を作られました。わずか19歳で亡くなられたのだそうです。

 その本の中に、知里さんの言葉が書かれてありました。

 「その昔、この広い北海道は、私たちの先祖の自由の天地でありました。天真爛漫な幼子のように、美しい大自然に抱擁されてのんびりと楽しく生活していた彼らは、真に自然の人、なんという幸福な人たちであったでしょう。

 太古ながらの自然の姿もいつの間にか、かげ薄れて、野辺に山辺に嬉々として暮らしていた多くの民の行方もいずこ、わずかにのこる私たち同胞は、進み行く世の様々にただ驚きの眼を見張るばかり、しかもその眼からは一挙一動、宗教的観念に支配されていた昔の人の美しい魂の輝きは失われて、不安に充ち不平に燃え・・・。おお滅び行くもの。それは今の私たちの名、なんという悲しい名前を私たちは持っているのでしょう。

 けれど・・・愛する私たちの先祖が用いた多くの言葉、言い古し、残し伝えた多くの美しい言葉、それらのものも、滅び行く弱きものと共に消えうせてしまうのでしょうか。

 アイヌに生まれアイヌ語の中に生い立った私は、雨の宵、雪の夜、暇あるごとに集まって先祖が語り興じたいろいろな物語を書き連ねました。

 私たちを知ってくださる多くの方に読んでいただく事が出来ますなら、私は、私たちの同族祖先と共に本当に無限の喜び、無上の幸福に存じます。」

                          大正十一年三月一日

 私たち和人は、かってアイヌ民族に対して、土地を奪い、言葉や文化を奪ってきました。今でも北海道ではアイヌの人たちに対する根深い差別意識があるのだと聞きました。純粋なアイヌの人も今ではほとんどいなくなっているとのこと。アイヌの人たちにとって自分の民族の言葉がなくなっていくことはどんなにか辛い悲しいことでしょう。

 アイヌの人たちにとって、自然も動物も植物もすべて神さまでした。神謡集はそういった神様が語った物語です。
ふくろうの神が自ら歌った謡の中から

   銀の滴 降る降る まわりに
   金の滴 降る降る まわりに

 ふくろうの神さまのうたです。とても美しい歌です。

 様々な神様たちが語ってくれるお話は、自然を大切にすることや共同体の中でどのように生きるのかを教えてくれています。いろりの火を囲みながら身近な人から語ってもらうお話は、子どもたちの心に満ち、生きる力や生活の知恵になっていたのですね。私たちもアイヌの人々の自然と共に生きる知恵や思想をこのお話を通して学びたいものです。
 

 萱野茂氏がアイヌ文化保存会のパンフレットに書いておられた文章です。

 「アイヌ民族の考えでは、天から役目なしに降臨したものは一つもない。虫でも、鳥でも、どんな生き物であっても、食べ物を奪い合うことはせずに分け合って食べてきたものでした。
 しかし、今生きている人たちは、その心を忘れてしまい私は大いに憂えています。
 その挙句に原子力という悪魔の火、それが最も恐ろしく、人類全部が天に向かって唾を吐き続けているようなもの、その唾が私どもの顔に戻るであろうことを案じています。」

萱野茂氏はこの6月に亡くなられました。萱野氏の志が後の人々に受け継がれアイヌの言葉や文化が継承されていきますよう祈ります。
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食堂でお昼ごはんを食べていたら、近くの森の中で見つけたとおじさんが大きな鹿の角を見せてくれました。さすがに北海道ですね。
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アイヌの伝統料理の中のゆり根の団子です。素朴な甘さのおいしい団子でした。

追伸
 北海道の植物たちの成長には目をみはるものがあります。草も刈っても刈ってもぐんぐん伸びるのです。見てください。この巨大なふきの葉を!植物たちも短い夏を生きるため必死で存在をアピールするのでしょう。
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by higuchi1108 | 2006-07-25 19:59 | 休日日記

洞爺湖に行ってきました。

5月21日(日)
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 伊達市は、今春真っ盛りです。花がいっせいに咲き出しました。どの家の庭にも、チュウリップやラッパスイセンなどの花が可憐に咲いています。いたるところでたんぽぽの黄色い花が咲き誇っています。桜も今が満開です。北海道では、新緑と桜が同時にあるのです。茶色だった大地があっという間に緑色になり、畑にもさまざまな作物が植え付けられています。

私の住んでいる近くのバス停から約40分で洞爺湖温泉に到着します。バスは2時間に1本しかありません。そのバスの乗客も4,5人しかいません。「昔はもっと本数もあったのに、今は車で移動する人が増えたからね。」と乗り合わせた人が話してくれました。市街地を過ぎると昭和新山や有珠山を望みながらドライブ気分でバスは進みます。温泉街はひっそりとして、観光客もぱらぱら。水鳥の泣き声を聞きながらのどかな湖畔に腰をかけてのんびりとした時を過ごしました。
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by higuchi1108 | 2006-06-14 20:54 | 休日日記