ひびきの村レポート 私を知る旅

シュタイナー思想から教育を学ぶ
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 皆さん、こんにちは。
私は、この4月から北海道伊達市にあるミカエルカレッジ(ひびきの村)というところでシュタイナー教育を学びに大阪から2年間の予定で学びに来ています。

 大阪では37年間保育園で仕事をしていました。保育の仕事に長い間、関わってきましたがいつも悩みながらの保育をしていました。特に3歳児以上の子どもたちの活動に対する悩みからいつまで経っても抜け切れませんでした。いろいろなものを作ったり、絵を描いたり、歌を歌ったり、ゲーム遊びをしたりといった日常の保育から、行事に追われる保育にも、今のやり方はおかしいということをいつも感じ、どうしたらいいのか答えがなかなか見出せずにいました。

 たとえば、絵を描くことを子どもたちにさせるとき、「昨日、遠足に行ったことを絵に描いてごらん」と言って、一斉に子どもたちに描かせていたことがありました。遠足のことを思い出して、それらしくすぐに描く子もいますが、何人かはどのように描いていいかわからず、白い紙のまま時間ばかりが経っていきます。また、ある子は何を描いているかわからないような形にならない絵を描きます。知らず知らずに、この子は絵が上手、この子は下手という評価をしてしまっていました。これではいけないと思い、絵は描きたい子だけ自由に描かせるということをしてみました。すると、女の子ならお花と家と太陽の絵ばかり、男の子なら虫や怪獣、迷路の絵ばかりになってしまいました。
     
 また、いろいろな違いのある子どもが時間を共有することによって、共に育つ保育を目指して、積極的にハンディキャップのある子どもを受け入れて保育をしてきました。でも、共にいるだけでは共に育つ関係にはなりません。小さい子と大きい子のペアを作ったり、ハンディのある子を含んだグループを作って一緒に活動をするような取り組みをしてきましたが、大人の側がこうあるべきという姿を押し付けていたのではないかという思いが残っていました。

 また、保育目標に、子どもの主体性や創造性、想像性、社会性といったことを養うと掲げていましたが、それではどのような活動が必要なのかという具体性があいまいでした。
また、近年、子どもが落ち着かない、人の話が聞けない、友だちとうまく遊べない、すぐにカッとなるなど集団の中でトラブルを起こす子が増えてきています。そんな子どもへの対応の難しさも痛感しています。そのような子どもにどのように働きかければいいのか悩んでいました。子どもたちの心(精神)を育てることが、これからの保育には欠かせないものと実感しています。いったい子どもの心はどのように育ち、大人はどのように接したらいいのでしょうか。

 このようなさまざまな問いにシュタイナー教育は答えてくれるような気がするのです。私個人の勝手な解釈になるかもしれませんが、ここで私なりに学んだこと、理解したことを皆さんにお伝えすることができればと思っています。


ひびきの村はどんなところ?

 北海道の伊達市にあります。伊達市は札幌と函館の中間ぐらいにある都市で、海に面した気候の穏やかな町です。伊達という名前からもわかるように、明治の初めに伊達藩が北海道開拓を行ったところです。北海道開拓というと私は「北の零年」という吉永小百合の出演していた映画を思い出します。明治の初め伊達藩の人々も過酷な自然のなか、苦労を重ね、懸命に開拓をしていかれた様子が目に見えるようです。さまざまなドラマがあったことでしょう。

 さて、私の住居は伊達紋別の駅から,歩いて10分ほどのところにあります。大きなスーパーもあり、徒歩でたいていのところへ行ける便利なところです。土地が広い上に人も車も少なく、空気も澄んでいて居心地がいいです。ひびきの村は、そこから15分ほど車で行った小高い丘の上にあります。広々とした丘の上には、馬やヤギ、鶏、犬もいます。有珠山、昭和新山、遠くに羊蹄山をのぞみ、目の前に噴火湾が広がっています。本当に景色の美しいところです。4月の16日(日)に入学の集いがありました。北海道はまだ寒く冬のようでしたが、大地の雪は解けて、「ふきのとう」があちこちで芽を出していました。それから、2週間、雪交じりの雨が降ったり、北風にぶるぶる震える毎日でした。

 4月27日。久しぶりの青空。お日様の光の暖かさを肌で感じました。ひびきの村の丘の上に「福寿草」の可憐な花が咲いているのを見つけました。福寿草は北海道で一番先に咲く花だそうです。大地の色が茶色から緑色に変化してきてしてきています。北海道にも春がやってきたようです。
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# by higuchi1108 | 2006-06-14 20:30 | みなさんこんにちは