四季のお祭りと誕生日会

四季のお祭りと誕生日会
 どの保育園や幼稚園でも1年を通じで様々な行事が行われています。春や秋のさわやかな季節には遠足に出かけたり、日本の伝統的なお祭りである七夕や節分、おひな祭りなど四季折々にあった行事を行っています。

 それと同時に、運動会や発表会、作品展といった行事もあります。私は保育所に勤めていた時これらの行事に悩まされていました。特に運動会や発表会、作品展という行事は保護者の方に子どもたちの成長を見てもらうという目的が強くありました。親御さんにとって楽しみにしている行事でもあります。それだけに保育者にとってはプレッシャーになるのです。できるだけ見栄えのするものをしなければというプレッシャーから、子どもたちを練習に毎日駆り立ててしまうことにもなっていました。日常の生活を大事にしようと思っていても行事があると準備や練習に追われてしまって、日々の生活が行事のためのものになってしまうという状況がありました。子どもたちにとっても、いやいや練習させられたり、うまく出来ないと叱られたり、楽しいはずである行事が苦痛にさえなっていました。

 最近ではこのような疑問から従来の行事を見直し親子で楽しめる行事にしようと取り組んでいるところも出てきています。しかし、それとは逆にますますエスカレートして、幼児とは思えないほどの器楽合唱を披露したり、鼓笛隊を結成したり、様々に凝った作品を展示したりする園もあります。
 そもそも幼児期の子どもたちにとって「見せるための行事」が必要なのでしょうか。この年齢の子どもたちにとっての行事のあり方、考え方はどのようなものなのでしょうか。

 私たちの体や心にとってリズムがとても大切なものであることを学んできました。特に身体を形成する大切な時期にある乳幼児にとっては、リズムは欠かすことの出来ないものであることを学びました。タインさんは、一日のリズム、一週間のリズムと同じように一年のリズムもとても大切なものだといわれます。一年を通じて行われるお祭りや行事を毎年、同じ時期に繰り返すことによって、子どもたちは一年のリズムを体験します。同じお祭りを体験した子どもは、前年のお祭りの思い出がよみがえり来年もこのお祭りがめぐってくるのだろうと考えます。自然な繰り返しの中で思い出を重ねることは子どもの心を強め、安心感を与え、記憶力を高めるといわれます。

 私は昨年7月のはじめシュタイナー幼稚園に実習に行ったときのことです。聖ヨハネ祭の時でした。日本では「七夕」のお祭りがある時期です。毎年その幼稚園では「おとぎり草」の人形劇をされていました。年長の子どもたちは人形劇のセットを見ただけで「おとぎり草」の人形劇だとすぐに分かり
     おとぎり草を探しなさい
     お前がみつける 
     真夏の夜のおとぎり草は
     すべての傷を癒します      
と劇の途中に出てくるせりふを唱えて、人形劇が上演されるのを心待ちにしていました。
 一年前のことをこんなにもよく覚えているものだと感心させられました。年長の子どもたちは3歳のときから毎年体験してきているので記憶がすぐによみがえってくるのでしょう。

 私が小さかったときも、夏祭りのときはお小遣いをもらって近くの神社へ行ったこと、お盆にはあちらこちらの盆踊りに出かけて、そのたびにお菓子をもらったこと、年の暮れには近所の人たちとお餅つきをしたこと、節分のときはいつもいわしを食べたことなど…。楽しい思い出としてよみがえってきます。

 今の子どもたちはどうでしょう。特に都会に住む子どもたちはそういった体験が本当になくなってきているように思います。都会の人間関係が希薄になり、忙しさもあってお祭りを世話してくださる大人がいなくなったこと、子どもたちが少なくなったこと、家庭においても行事を大切にしなくなってきたことなどが原因でしょうか。そのように考えると幼稚園や保育園での行事の取り組みは大切なものになってきますね。

お祭りはいったいどのように始まったのでしょう。 
 タインさんは、人間と同じように地球も呼吸をしているといわれます。太陽の力が強くなっていく夏至の頃は地球の中のすべての息を吐ききった時なのだそうです。その時期、私たちの心も宇宙へと出て行ったような気持ちになります。それから少しずつ息を吸い込み始め、12月の冬至の頃は息を満タンに吸い込んでいる状態です。私たちの心も自分の内面に深く入っていると感じます。そしてまた徐々に息を吐き出し始めるのです。

 地球の呼吸が季節を現し、四季折々のお祭りになっているのです。西洋では12月にはクリスマスがあり、夏至の頃には聖ヨハネ祭があります。その中間に春分があり秋分があります。春分には復活祭があり秋分の頃にはミカエル祭があります。このように世界中で季節が移り変わる時期に様々なお祭りがあります。
 
 子どもたちには、このようなお祭りを通して地球の呼吸を感じ、季節の移り変わりを感じ、楽しい思い出を重ねられるような取り組みが必要なのですね。親御さんに見せるための行事は不要ですね。子どもの成長を見てもらうのではなく、逆に成長の妨げになっているような行事なのですから

お祭りを企画するには
・お祭りの意味を学びます。
 はじめに伝統的なお祭りが何故出来たのかを調べ、自分たちや子どもたちにとってどんな意味があるのかを考えます。お祭りの意味を親御さんにも知らせ理解を深めてもらいます。このことは子どもたちには話しませんが大人が知っていると自然に雰囲気の中に現れ、お祭りがより豊かになります。タインさんは意味を考えることによってお祭りに対して畏敬の念をいだくようになるといわれます。

・行事にふさわしいお話を考えます。
 本やインターネットでお祭りにちなんだ伝説を見つけます。お祭りの意味が分かっていたら伝統的な物語であっても自分で考えていいとのことです。

・お話が決まったら、お話を語るのか、人形劇にするのか、ライゲンで表現するのかを考えます。

・クラフトをします。
 たとえば、クリスマスなら羊毛で天使を作ったり、夏の行事ならちょうちんを作ったり、七夕飾りを作ったりします。

・食事会をしてもいいです。
 お祭りにちなんだ食事を作ります。

 シュタイナー幼稚園では、息を吐ききる夏至の頃と息をいっぱい吸い込む冬至の頃に、聖ヨハネ祭とクリスマスを大きな行事として取り組んでいます。そのお祭りには保護者の方も一緒に参加してもらい楽しい行事になっています。
 その他は小さな行事として、収穫をお祝いしたり、遠足に出かけたり、季節のお花を飾ったり、行事にふさわしいおやつを作ったりなど負担にならないように取り組んでいます。タインさんはたくさん行事があると一つ一つが弱められると述べておられました。

 また、精神、魂、体の3つの部分に働きかける行事をすることが大切だといわれます。たとえば、人形劇を見ることは精神的なものです。皆で一緒に食事をするのは社会的な行為で心の領域です。お祭りのための物品を作るのは身体の部分に当たります。これらの3つが行事の中でバランスよく取り入れられることが大切なのです。

 このようにしてお祭りが終わったら、次の日はいつもの生活に戻ります。子どもたちの心の中でお祭りのイメージが残り楽しい思い出になります。


誕生日会
 シュタイナー幼稚園では、季節の行事と同じように一年に一度必ずやってくるお祝いがあります。それは一人ひとりの子どものお誕生日会です。その子が生まれた日が休園日だったりすると仕方なく誕生日の前後にお祝いをしますが、原則はその子が生まれた日に誕生日会をします。私が以前勤めていた保育園では長い間、○月生まれのお誕生日会というように、その月に生まれた子どもをまとめてお祝いをしていました。今でも、たいていの保育園や幼稚園はまとめて月々にしているところが多いと思います。

 シュタイナー幼稚園で誕生日を四季のお祭りと同じように大切にしているのは、一人ひとりの子どもはかけがえのない存在であり心から畏敬の念をもって保育をしている現われだと思います。
 シュタイナーはどんな子どももこの世に生まれる時には、それぞれに果たすべき使命を持って生まれてくるといいます。その使命を果たすべく親を選んでやってくるのだと。

 私は親から虐待を受けて殺されてしまった子どものニュースなどを聞くと、「かわいそうに。子どもは親を選べないものね。」とよく思ったものです。でも、シュタイナーの考えでは、その子はそんな親を選んでやってきたのです。

 科学が発達した今では子どもを産むこともコントロールできる時代になりました。昔のように「授かりもの」という意識はだんだんとなくなってきて、子どもは「自分のもの」と思ってしまいがちです。自分のものなら、自分の思い通りに育てようとします。自分の思い通りにいかないとイライラし腹が立ってきます。このような考え方が子育てをより困難なものにしているように思います。自分の子どもであろうと人は皆それぞれ個性を持ち、違った精神を持っているのです。その個性を大切に育ててあげることが子育てです。

 子育て中に「私は、なんてだめな母親なのだろう。」と悩んだり落ち込んだりしたとき、「こんな私でも親として選んでくれたのだ。」と思うことができればどんなに勇気づけられることでしょう。

シ ュタイナー幼稚園のお誕生日会は保護者の方も園に来ていただき一緒にお祝いをします。誕生日会では、星の世界から天使に導かれてお父さんお母さんのところへ生まれてくるときのお話が語られます。「この子は私たちのところへ来てくれたのだ。」ということを確認することが出来るのです。

 子育てがとても難しい子どもがいます。心身に障がいをもって生まれてくる子どももいます。シュタイナーは、彼らはその困難な人生を歩むべく自分で選んで生まれてくるのだといいます。精神の進化を果たすために。そして、その手助けをしてくれるお父さんお母さんを選んで生まれてくるのだと。
 このような考え方があって、一人ひとりが本当にかけがえのない存在であること、一人ひとりに畏敬の念を心から持つことができるのです。


 “一人ひとりの子どもに畏敬の念を持つこと”これはシュタイナー教育をするものの基本的な姿勢です。
シュタイナーが教師に向けて書いたモットーです。

  畏敬の念をもって子どもを受け止め、
  愛情を持って教育し、
  自由の中へ解き放つこと。

           ルドルフ・シュタイナー
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# by higuchi1108 | 2008-04-18 11:48 | 幼児教育講座

食事について

食事について
 現在は飽食の時代です。おいしいものが山のようにあります。食べたいものはなんでも手に入ります。また、手間暇かけて調理をしなくても手軽に何でも買える時代です。その半面、食の安全面で危機的な状況が訪れています。添加物だらけの加工食品、農薬づけの野菜、最近ではうその表示をしたりして摘発される業者が後を立ちません。何を信頼してよいのやら…。
 今の日本では飢えに苦しむことはなくなりましたが、私たちの知らない間にこういった食べ物によって心身が蝕われているとしたら怖いことです。アトピーや肥満、子どもなのに成人病に苦しむ子どもたちが増えています。これらの子どもたちはこのような状況の犠牲者なのでしょうか。

 しかし、このような不安から極度に食べ物に関して神経質になってしまうと生きにくくなってしまいます。こんな話を聞いたことがあります。小さいときから食べ物に気をつけ、家庭で調理した安全なものしか食べさせなかったお母さんがいました。その子が大きくなって大学に入り、大学の食堂で初めて食事をしたのだそうです。すると、すごいジンマシンが出てきたとのこと。ある程度、害のあるものでも食べて馴らしておかないと社会生活を営む上で障害が出てくるのでしょうか。
 また、「甘いものは子どもには一切食べさせません。」という方針のお母さんにも出会いました。おじいちゃんおばあちゃんのところへ行くと飴やらケーキやらを食べさせるといって怒っていました。子どもはおじいちゃんおばあちゃんとお母さんの間に立たされてかわいそうでした。
また、子どもには砂糖や肉は一切食べさせないという人にも出会いました。

 そうは言っても、子どもがアトピーだったら食べ物を制限せざるを得ませんし、まだ小さな体の乳幼児の子どもの食生活には細心の注意が必要なのは確かです。
 農薬や添加物の少ない食べ物を選んで与えることは大切です。基本は、より安全な食材で家で料理をしたものを食べさせることだと思います。でも、家にいるお母さんだってたまには息抜きしたいこともあります。両親が共働きの家庭では理想通りにはいきません。たまには、外食や加工食品、出来合いのものを食べさせることもしかたがないことです。
 また、家で調理する場合でもどんなものをどのように調理すればいいのでしょう。
食に関しては様々な考え方があります。色々な考え方に振り回されるのではなく「私はどうするのか。」ということをしっかり考えることが大切だと思います。
 考える土台として、シュタイナー幼稚園での食事やおやつはどのようなものなのか、シュタイナーの食に関する考え方はどうなのかということをお伝えできればと思います。

シュタイナーは、次のように言っています。
 「わたしは、どのようなものを食べるのがよいのかを扇動するつもりはありません。それぞれの食べ物がどのように作用するかをお話しするだけです。菜食主義者がきて、<軽い無力感があります。>ということがあります。そのようなとき私は、それは肉を食べていないからだといいます。客観的に考察しなければなりません。何かを強制することがあってはなりません。」と

マクロビオテック
 今、マクロビオチィックの食事が注目され取り入れている人も増えていると聞きます。ミカエル・カレッジの里子さんから考え方の基本を少しだけ教えていただきました。シュタイナーの考え方と同じところもあり、違うところもあります。

 マクロビオチィックの基本的な考え方は穀菜食といわれるものです。宇宙の秩序にのっとった食べ方で、具体的には玄米を主食とした穀物と、野菜、海草、豆類、大豆加工品などの味噌、醤油、塩、油を使って調理します。動物性食品や卵、乳製品をとることはなく、砂糖やみりん、はちみつなども一切使うことはありません。

何故、動物性食品を食べないのかというと、
 この世の中は「陰」と「陽」という二つの力のエネルギーによって構成され展開さているという考え方から来ています。「陰」は主に植物(野菜類)で、「陽」は動物(人間も含む肉や魚介類)です。陰―陽―陰―陽の大きな展開は宇宙の秩序をなしているといわれます。
「陽」は「陽」を反発し。「陰」は「陰」を排斥して結ばれません。動物(人間)が動物を食べることは宇宙の秩序を乱すことだといわれます。

 陰性のものは主に葉菜類、果物です。塩や醤油、味噌、漬物などは陽性です。その中間に穀物、根野菜、豆類、海草、お茶、油があります。陰と陽どちらかに偏ることなくバランスの取れた食事が理想なのですね。

 砂糖やみりん、はちみつなどをとらない理由
 これらの食品はとても陰性が強いものなのだそうです。こういったものを日常的にとっていると細胞は緩み、体は冷えていくといわれます。特に砂糖は体の中で燃焼するのに非常にたくさんのビタミンB1を必要とします。ビタミンB1が不足すると体は酸化してしまうので、これを中和しようと骨からカルシウムをとってしまいます。今の子どもが骨折しやすいのは砂糖の取りすぎが原因の一つなのかもしれません。

 また、食材選びの基本は、その土地、その季節に取れるもの、そして精白しない、皮をむかない、アク抜きしないことを心がけます。さらに大切なこととして、生命の糧となってくれた食物に感謝しよくかむことです。と書かれています。
 「生命なきものは、生命の糧とならず。」とは、細菌学者の三木謙三氏の言葉です。蒔けば芽の出る、保管しておけば成長、変化するものこそ生命源としての食物であり、栄養的にもバランスよく、栄養素が含まれているといわれます。この考え方は、シュタイナーの考え方も同じだと思います。
「陰」と「陽」を併せ持つ一つのものを丸ごと全部いただくという理念から、精白したり、皮をむいたり、アクをとったりということはしないのだそうです。

 里子さんの授業でマクロビオテック方式のきんぴらごぼうを作りました。
 ごぼうとにんじんをよく洗い千切りにします。もちろん皮をむいたりアクをとったりしません。それをなたね油を少し入れて弱火でゆっくりといためます。十分、炒まったらひたひたに水を入れ、ふたをして蒸し煮します。最後に醤油で味を調えて終わりです。野菜の中のうまみが出てとてもおいしかったですよ。アクも旨味に変わるのですね。


 では、シュタイナーの食に対する考え方はどうなのでしょう。
小児科診療室(シュタイナー教育・医学からの子育て読本)の本によると

砂糖については
 砂糖は生命のない無機物に近いものです。エネルギー源としての砂糖は、植物の緑色の部分で形成され、根、茎、葉、花もしくは果物の中に蓄えられます。  人間にとって砂糖は一つのエネルギー源ですが、人間は砂糖のエネルギーを使用する上で自分で消化活動を行う必要はないのだそうです。つまり砂糖は新鮮な植物とは違って臓器の生命活動を呼び覚ますことがないのです。むしろ、体が健康であれば、自分で十分に作り出せるはずの物質を砂糖は変わりに補ってくれるのです。とあります。

 健康なときは砂糖をとらずに過ごしたほうよいということでしょう。でも、この本の著者であるグレックラー氏は、体が病気だったり疲れきっていたりするときは砂糖を取ることによってエネルギーを補給し消化活動を助けてくれるといいます。
 砂糖なしで育てられ、成長がおもわしくなく皮膚の色も青ざめていた乳児が、食事の中の糖分を3パーセント増やしただけで数週間のうちに元気になったという例があるそうです。このような時は砂糖は非常に効果のある物質だというのです。私たちも心身が非常に疲れているときには甘いものが無性に欲しくなりますものね。
 グレックラー氏は、砂糖を何が何でも食卓から追放せよというのではなく、砂糖は子どもの気質や体質に応じて適度に使用されるべきものです。と述べておられます。胆汁質と憂鬱質の人は甘いものをたべるとよいと言われています。

 ただ、気をつけないといけないこととして甘さは、なぐさめ、包み込み、支える作用があるといいます。
このような作用は、砂糖の摂取を頻繁に繰り返す傾向を引き起こすのだそうです。砂糖中毒になった子は、落ち着きがなく、忍耐力や集中力を欠くようになると。子どもが好んで飲む市販のジュース類の中には大量の砂糖が入っているので要注意です。

 もう一つの注意点として白砂糖は控えめに使うべきだと言われます。白砂糖は結晶化が何度も繰り返され、すべての付随物質が取り除かれています。まったく生命のないものになっているのですね。

 はちみつは、単に砂糖の代わりに使うべきではないと書かれています。はちみつは非常に強い作用をもつ物質であり、人間の代謝系に多面的な刺激を与えるのだそうです。日本では、抵抗力の問題からはちみつを与えてもよいのは1歳を過ぎてからと指導されています。

人口甘味料の使用はお勧めできません。

卵、肉については
 人間の体は、たんぱく質を構成するすべてのアミノ酸を自分で構成することは出来ません。生きるために必要なアミノ酸は、食べ物を通して摂り入れなければならのです。この必須アミノ酸はあらゆるものにふくまれますが、動物性の肉製品、卵の中に豊富に含まれているのだそうです。牛乳の中にも十分に、また豆類の中にも少量ではありますが含まれています。

いつから子どもに卵や肉を食べさせるべきなのでしょう?
 母乳はたんぱく質の量は少ないですが、生まれて間もない赤ちゃんにとっては疑いもなく最良の栄養です。グレックラー氏は、生後3年間は自然によってもたらされた母乳の栄養モデルに従うことが理にかなっているといわれます。つまり、乳製品、穀物、野菜、果物などいわゆる乳菜食を続けるということです。

 生後数年間は、卵や肉を避けたほうがいいという理由はもう一つあります。卵や肉には体の成長や体重の増加を加速する作用があるそうです。人間は動物と違って、身体の発達の速度がとても遅いのです。それによって心と精神の発達が可能になるのですと。

 また、たんぱく質を植物から摂取することによって、神経組織を新鮮にする力を発展させることができるのだそうです。

 幼児期には乳製品や野菜を中心にした食事をし、それ以降はそれぞれの子どもの欲求に合わせて変化をつけ、質的にも問題のない食事を与えるということです。

 しかし、たんぱく質は人間にとってなくてはならないものですが、量は決して多すぎてはいけないそうです。動脈硬化の大部分は、たんぱく質の摂取過剰が原因によって引き起こされます。血液がどろどろして黒ずんでくるのですね。

乳製品については
 日本人をふくむアジヤの人間は乳児期をすぎると、乳糖を分解する酵素の活性が低下していくのだそうです。生後2,3年目からは乳製品を取るべきではないという考え方もあります。私は、牛乳を一気飲みすると下痢をします。
一人ひとりの体質によるものなので、必ずしも牛乳がよいとか悪いとか決め付けられるものではない。と書かれてありました。

穀物について
 グレックラー氏は、食べ物を選ぶ上で積極的に穀物を取り入れることには意味があると述べています。

 シュタイナーは、人間の神経・感覚系のはたらきは、植物の根のはたらきに対応している。人間の新陳代謝のはたらきや生殖機能は植物の花に対応している。リズム機能の血液循環と呼吸は植物の葉に対応している。と述べています。
 「種」である穀物は根や葉や花の部分の食べ物とは違って、体に一面的な作用を及ぼすこともなく、むしろさまざまな身体機能が調和するように支えてくれるとのことです。
マクロビオテックの「陰」と「陽」の考え方でも穀物は、その中間にあります。

 シュタイナー幼稚園では、様々な穀物を使ったおやつを曜日ごとに提供しているところが多くあります。
たとえば
 メルヘンこども園のおやつ(6人分)
月曜日 玄米がゆ
    カップ1杯弱の玄米に4倍の水をいれ、圧力釜で炊く。重りが動いてから弱火にして    20分炊く。火を止めて15分たったら食べる直前にレーズンを少々入れる。

火曜日 はとむぎだんご
    はと麦、カップ8分目。水は耳たぶくらいの柔らかさになるくらいの分量をいれて丸める。   30分蒸して、メープルシロップをかける。

水曜日 きびがゆ
    カップ1杯弱のきびに4倍の水を入れて圧力釜で炊く。重りが動いたら弱火にして20分     炊く。火を止めて20分蒸す。食べるときにしそふりかけをかける。

木曜日 天然酵母パン
    強力粉1カップ、ライ麦粉半カップ。酵母、塩少々を水をいれ弾力がでるまでよくこねる。    冷蔵庫で一晩発酵させる。
    オープンで焼く。100度 10分、 150度 10分、180度 10分

金曜日 ミューズリー 
    オーツ麦1カップ、りんご(2,3ミリの薄切りにし、棒状に細かく切     
    る。)レーズンを器に入れ、牛乳を注ぐ。季節の果物やナッツを入れてもよい。
 
 食事を提供している園でも、メニューはたいてい玄米ご飯と野菜いっぱいの具のたくさん入った味噌汁やスープです。

 食材も有機野菜、バイオダイナミック農法で取れた野菜を使っておられました。シュタイナー幼稚園の食事は決して豪華ではありません。とても素朴ですが、私はとても贅沢な食事に思えました。また私は、子どもにはたくさんのメニューを用意し色々な種類の食べ物を食べさせることがよいと思っていました。でもそうではないのですね。いつも同じものを繰り返し食べることで子どもは安心するのですね。いつもと違うメニューが出てくると緊張して食べない子どもがいました。子どもにとって繰り返しが大切であることは食事でもいえることなのですね。スイスのシュタイナー幼稚園のおやつは毎日毎日、パンとりんごのペーストでした。

人間の持つ歯の構成から見てみると
 門歯8本…果物、野菜を切る歯
 犬歯4本…肉を噛み切る歯
臼歯20本…穀物をすりつぶす歯

「穀物5:菜2:肉1 の割合で食べなさいよ。」と歯の構成を通して体が教えてくれているようです。

 人間は穀物を主に食べるように出来ているのですね。穀物は「種」です。種から芽が出、やがて実をつけます。生命あふれる食べ物です。

 このような生命あふれる食べ物は、太陽や土の恵みからもたらされました。それらに感謝する気持ちも忘れてはなりません。シュタイナー幼稚園では感謝の心を育てるために、お祈りをして食事をします。

うた
 大地が作り、太陽が実らせた。
 ありがとう太陽、ありがとう大地
 感謝していただきます。
祈り
 大地はこれらをくださいました。
 太陽がこれらを実らせました。
 愛する太陽、愛する大地
 私たちは、決して忘れません。
 いただきます。

 また、食卓にお花を生けて飾ったり、食事の準備を年長児が手伝います。
お料理のお手伝いも子どもたちは大好きです。野菜を切ったり、材料を混ぜたり、こねたり、パンを形作ったり…。
タ インさんは「料理は芸術です。そして時には癒しになります。料理は子どもたちに実生活に触れさせ、喜びをもたらし、自分は役に立っていると自信をもたせてくれます。そして、母なる地球の恵みに思いを至らせてくれ、世界の人たちへの思いやりを育ててくれる。」といわれます。

 シュタイナー幼稚園のすばらしいところは、子どもたちが遊んでいるかたわらで先生が手仕事をし、料理をつくります。部屋中いい匂いが漂います。幸わせいっぱいの家庭があるのです。
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# by higuchi1108 | 2008-04-05 16:57 | 幼児教育講座

昔話としつけについて

               タインチェリー氏の幼児教育講座(2)

昔話について
 シュタイナー幼稚園では昔話を聞く時間が毎日あります。昔話を先生が覚え子どもに語って聞かせます。2週間から1ヶ月同じお話を聞かせます。昔話を子どもに聞かせることはどんな意味があるのでしょう。何故、こんなに大切なこととして保育の中に位置付けられているのでしょう。

昔話の知恵
 昔話は文化の中で長く生き続けてきたとても古いお話です。
世界中でそっくりな話があったり、どこか似ているものがあります。自然の描写や行動など地域によって違いがありますが共通の普遍的なものがあります。

昔話の性質
 タインさんは物語には常に知恵、教え、私たちに悟らせるものが含まれているといわれます。
物事はこんな風になされるのですよ。子どもはこのように育てるのですよ。といった教えや習慣や生活の方法、人間の使命について、人間の精神的な発達について、動物との関係などを教えてくれます。

 ほとんどのお話は人間の意識の進化をあらわしているのだそうです。
かっての人間は夢見る意識状態でした。

巨人が出てくるお話では
 巨人は大きくて力がありますが明確な思考は出来ません。巨人は肉体は発達していますが意識は眠っている状態です。

次の段階に登場する人物は
 何かを感じることができます。善悪やモラル。愛や同情の気持ちを持つことができます。

その次には現在の意識があらわれます。
 悟性的、知的なものが生まれるのです。
たとえば、いさましいちびの仕立て屋の話などは体は小さいけれど賢さをもった人間です。
司祭さんやお坊さんがでてきて、人間はどのように生きていくのかを教えてくれます。

このように、たくさんの昔話の中に人間の意識の変遷が見られるのです。

また、昔話には人が成長していく道が語られます。
 まだ大人に成長していない王子様や若者、年下の息子などが家を出て旅に出ます。旅の中でお姫様を助けたり、宝物を探したりします。そのお話の中で必ず主人公は様々な障害物や困難に出会います。たいていその困難は3つあるのです。主人公は障害物や困難を乗り越え悪を征服します。最後には幸せに暮らすというハッピーエンドで終わります。

 タインさんは、昔話に出てくる様々な登場人物はあるタイプを代表するような本質を持ったキャラクターが出てくるといわれます。これはどの文化にも見られるものなのだそうです。

お姫さま…魂(感情)をあらわしています
王子様…自我をあらわしています。
 王子様がお姫様を助ける旅に出て困難を乗り越えてめでたく結婚するというお話は、自我と魂(感情)が一体になるということなのだそうです。自我と魂(感情)の調和が取れることを意味するのです。

王様、お父さん、おじいさん…強い自我。過去の知恵をあらわしています。
 賢い王様が若い王子に知恵を授けるというお話がたくさんあります。

母、おきさき、おばあさん…女性の魂をあらわしています。

魔法つかい、まま母、魔女…母というものの否定的な側面をあらわしています。
 母は自愛にとんだ優しさがある反面、否定的、破壊的な側面を持っています。たとえば、息子を溺愛し自律しようとする力を奪ってしまうというのは母性愛の不の部分です。

赤ちゃん、小さな人…未来や知恵をあらわしています。

仕立て屋…思考ができる能力を持っている人物です。

天使…人間を見守ってくれます。

 タインさんは、語り手はこれらのことを参考にしてお話の意味が読み取れるようになることが大事だといわれます。自分でその意味を探し出していくことが大切なのです。

 子どもたちは、ただお話を聞きます。そのときイメージを受け取ります。物語に含まれている過去の知恵を受け取るのです。そのことを通して子どもたちに深い安心を与えることが出来るのですと。

 シュタイナーは、子どもの心を荒廃させないためには、昔話を毎日聞かせてあげることが大切だと考えました。昔話は人間存在そのものについて何か根源的なものをあらわしているというのです。

 シュタイナーは、「さまざまな昔話に表現されているのは、人間が人生の特定の状況の中で遭遇するものでも人間の限られた体験領域の中にあるものでもないのです。それは人間の魂が持つ体験の中でもっとも奥深いもの、すべての人間にとって普遍的なものなのです。人間はそれを7歳までの子どもであれ、中年の人間であれ、あるいは老人になっていようと、同じように体験します。そのような体験を自由に、往々にして軽やかに、イメージ豊かに表現しているのが昔話なのです。」と述べています。メルヘンはかっては大人のためのものだったそうです。

 私たちが、色々な食べ物を食べて体の栄養を取っているように、昔話は心の栄養となるのです。

 また、「昔話はこころの診察室」という本を書いた矢吹省司氏は、その本の中で次のように書いておられます。

 「幼い子どもは無垢である。それだけに環境の色に染まりやすい。だから、人生の明るい面だけに触れていれば、明るい人間に育つ。という誤解がある。事実を言えば、子どもの心は純白ではない。また、傍目に見るほどのんきにのんびり生きているわけでもない。それどころが、自分の気持ちをうまくごまかせないだけに、しばしば強烈な苦痛をナマのまま味わう。死の恐怖、一人ぼっちのさびしさ、分離、不安、不信、罪悪感、劣等感、屈辱、嫉妬、怨みーこれらの不快な感情が彼らの内部で渦巻くことになる。昔話は、そういう内面の「現実」を物語ることで、不快な感情の解放をもたらす。昔話に癒しの効果があるのは、そのせいである。」と。

 昔話には、とても残虐なお話が出てきます。かちかち山の狸は、ばあさまを杵で打ち殺し、ばば汁を作ったりします。グリム童話にもたくさんの残虐な場面があります。けれどもそれをディズニーのお話のように美しいところだけをとって、残虐な場面を書きかえてしまったら昔話の持つ叡智がなくなってしまいます。もちろん癒しもなくなります。

 昔話を語るときは、どんな場面でも抑揚をつけるのではなく淡々と語るのがいいそうです。昔話をそのまま映像にしたらとても怖いですね。だから語り聞かせるのですね。 

 深い叡智をもった昔話を語り聞かせることは、子どもたちの心の栄養になり、心を癒してくれるものなのですね。



しつけについて
 しつけとは何なんでしょう?
 して欲しいことを子どもにさせる。して欲しくないことを子どもにさせない。ということでしょうか。無理やりにもそのことをさせるという意味もあるように思います。そのことをしなかったら罰を与えるとか、「やりなさいと言ったでしょ。」と物質的な力でさせようとします。昔はむちでたたいたりしていました。文明化された国では体罰は法律で禁止されるようになりましたが。
しかし、手出しはしないけれど精神的な面で同じようなことをしていないでしょうか。「お前みたいな子は…」と口でののしったりします。
それをやらないなら何もしてやらないとか、あなたとは口を利きませんとか食事を与えないということもあります。
子どもに虐待をして捕まった親の多くは「しつけのつもりでやった。」と供述しています。子どもにしつける方法は、一歩まちがえると虐待に陥ってしまうのですね。

 このようなやり方は、結果的に良いものを残しません。
タインさんは、子どもを育てるとは子どもの成長を助けることです。このようなやり方は子どもの成長を逆に妨げ、良くない性質をもたらすといわれます。

ではどのようにしつければいいのでしょう。
 しつけは、すべてのことを子どもの発達段階で見ていくことが大事だといわれます。

それは「創造的なしつけ」といわれます。
 これは年齢に応じたしつけ方のことをいいます。子どもをしつける場合、その子がどんな発達段階にあるかを見なければなりません。

たとえば、食事の場面では
 1歳の子どもなら食べ物をなげても許されます。
 3歳では許されません。
 4歳ではなんとひどい。しつけがなってないといわれます。
 5,6歳になればきっちり座って上手に食べるように求められます。

 子どもがその場所にそぐわないことをするのは、その子が悪いのではなく、この場所ではこうするのよということを教えていないからだと考えるのです。

創造的なしつけの具体的な方法は
(肉体的、物質的な行動)
物を壊した場合
 たたくのではなく、その子を抱き上げてその場から連れ去ります。
おもちゃの取り合いが起こり自分たちで解決できないとき
 「二人で仲良く遊べるようになるまではこのおもちゃはあずかっておきます。」と言っておもちゃを取り上げて、手の届かないところに持っていきます。

 6歳までの子どもには言葉は最小限度にとどめます。
くどくどと説教するのではなく(知的な部分に働きかけるのではなく)肉体行動を通して働きかけます。

して欲しくないときは、取り上げます。
して欲しいときは、私たちがそれを見せます。子どもはいつも大人を見ているので、して欲しいことがあればそれをしてみせるのです。

手本を見せることは最も大切な小さい子どもの教育の道具。

3歳児になるとお話を使います
 子どもがふさわしくないことをした場合、それはこうこうだからだめというのではなく短いお話をします。
 たとえば、食べるのが早い子の場合には、「さっちゃんはいつもご飯をあまり噛まないで呑み込むように早く食べます。するとある日とてもお腹が痛くなりました。」というようなお話を作って子どもに聞かせます。お話の最後にはかならずよくなって終わります。
 また、道路に子どもが飛び出してしまった場合には、「よしおくんは、おかあさんからだめよといわれていたのに、道路に飛び出してしまって車にひかれそうになりました。でも最後にはイヌがきて助けてくれました。」という風なお話をします。

 5歳になると言葉を使って語りかけることが出来きるようになります。
ピクチャーランドリーといいます。たとえば、手洗いの順番がぐちゃぐちゃになった場合「はい、一列に並んで。」という言葉は使わずに、「ここに電線があります。そこに小鳥が止まっています。この小鳥さん電線から落っこちたね。この小鳥さんを電線に止まらせてあげなくちゃ。」というふうに話します。子どもにイメージを持たせるのですね。
「さー立って円を作りましょう。」ではなく、「きれいな指輪をつくりましょう。」と言ったりします。

 7歳ぐらいになると普通の言葉を使うことが出来るようになります。
けれでも、簡単にいうことが大事です。「手を洗いなさい。」だけでいいのです。「手を洗わないとばい菌が…」と言わないのです。「お願いだから手を洗って」と頼む必要もありません。

 タインさんは、常に繰り返すことが大切ですといいます。同じ言葉を同じ状況のときに同じように言うのです。歌をうたうように言うこともあります。シュタイナー幼稚園では、手を洗うとき、お片づけのとき、手をつなぐとき、食事のときなど色々な場面でメロディーをつけて歌うように子どもに知らせていました。

「創造的なしつけ」…確かにいい方法ですが、こんなにうまくいくものなのでしょうか。現実はそうはいかないことも多いと思います。大人の側の心身がとても疲れている時など、して欲しくないことをされたらついカッとなってしまうのも事実です。やさしく言っても知らん顔をされてちっとも言うことを聞いてくれない場合もあります。
たとえば、もう寝る時間なのにいつまでも遊んでいるとか、公園で遊んでいてもう帰る時間だというのに帰ろうとしなかったりなど、遊びをやめさせて次の行動に移らせるときがとても難しいですね。
 タインさんは、大人の中に迷いがあるとだめだといわれます。「もう少し遊ばせてあげようかな。」と一瞬でも思ったら子どもは大人の心を見透かしてしまうと。今日はいいけど、明日はだめというのも一貫性がありません。
タインさんは大人の中にしっかりとした確信があると子どもはそれに従うといいきっておられました。
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# by higuchi1108 | 2008-03-31 13:20 | 幼児教育講座